賜りもの

□proposal
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そんなことを頭の中で考えながら黒崎くんとお喋りしていた、その時。


ぐうぅ〜。


「あ…。」

慌ててお腹を押さえながらちらりと右を見れば、大きな音に驚いて目を丸くしている黒崎くんとばちっと目が合った。

「あ、あれ?た、ただ、座ってるだけなのに、ね?どうしてお腹がすくのかな?く、黒崎くんの方が疲れてるはずなのにね?」

恥ずかしいやら申し訳ないやらで、気まずさいっぱいなのをえへへと笑って誤魔化すことしか出来ない私。

「たくさん喋ったからな。腹も減るだろ。」
「うう、恥ずかしいっす…。あ、でもね、大丈夫だよ!レストランまでちゃんと我慢でき」


ぐうぅ〜。


ぷっと吹き出す黒崎くんの横で、小さくなってそう言う私に更なる追い討ち。

こんなに素敵になった黒崎くんの隣で、私のお腹の虫は子供みたいに2回も盛大に鳴いて。
ハンドルを握りしめながら必死に笑いを堪える彼の横で真っ赤になって、未だに成長していない自分に俯くしかなくて。

こんなんじゃ、黒崎くんが私に「プロポーズ」なんて考える訳がない。

やっぱりまだまだ私には遠い「未来」なんだな…って、ちょっとだけ落ち込んだ。








その後、今から食事に向かうっていうのに、黒崎くんは気を遣ってコンビニに寄ってくれて。

彼が運転しながらコーヒーを飲む横で、私はしっかり小倉フレンチトーストをかじった。

ああもう、こんなに複雑な気持ちなのに、ちゃんと美味しい…何だか悔しいなぁ…。

「あのさ、井上。」

コーヒーの缶をドリンクホルダーにことりと置いて、黒崎くんが私に話しかける。

「うん、なあに?」
「いつも待たせてばっかで、ごめんな。」

……え?

突然のその台詞に、一瞬目を丸くしてしまったけれど。

黒崎くんの言いたいことを理解すると同時に、ふんわり温かくなっていく私の胸。

「うん…。」

胸の辺りがきゅうん…として、込み上げてくる気持ちを咄嗟に言葉にできず、そう頷くのが精一杯の私。

黒崎くんも運転中だから、ちらりと私を見た後またすぐに真っ直ぐ前を見てしまったけれど、一瞬垣間見た貴方の眼差しはとても優しくて。

…嬉しい。嬉しいよ、黒崎くん。

黒崎くんは、ちゃんと解ってくれてたんだね。

貴方と離れて過ごす、私の気持ちを。
忙しい貴方に迷惑をかけたくなくて、強がって「会いたい」って言えない癖に、弱い自分を捨てきれない淋しがり屋な私を。

「でも、もうすぐだから。」
「レストラン、もうすぐなの?楽しみだなあ。」

涙腺が緩んでいることに気付かれたくなくて、私は努めて明るく笑って見せる。

…ごめんね、黒崎くん。

貴方がこんなに私を大切にしてくれてるのに、不安がって、未来を焦ってごめんね。

私はね、10年前からずっと優しい貴方を、10年前からずっと変わらず大好きで。

…貴方と一緒にいられるだけで、こんなに幸せです。






「…着いた。あの看板の店だ。予約時間に何とか間に合ったな。」
「すごい!予約までしてあるなんて、さすが黒崎くん!」

黒崎くんといつも行くお店は、肩肘張らずに済むような気楽なお店ばかりなんだけど。

今日黒崎くんが連れてきてくれたお店は、暖かな明かりの灯るレトロな西洋風のレストラン。
とっても素敵なお店に、気持ちが一気に跳ね上がる。

黒崎くんは車から下りると右手をジャケットのポケットに一度突っ込んで。
ちょっとだけごそごそした後、私の視線に気付いて慌てた様にその右手を差し出した。

そう言えば黒崎くん、今日はやけにジャケットの右ポケットを気にしてるような…。

気のせいかなぁ?

「さ、行くぞ、井上。」
「うん!」

差し出された黒崎くんの大きな右手に、私の左手を重ねて。

そうして二人で並んで歩き出す。



このときの私は、まだ何も知らなかった。

今、目の前にあるこのレストランが、私の憧れた「未来」のステージだったんだってことを…。








(「コンビニとレストラン・織姫Side」)
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