04/17の日記

20:21
遅刻オレンジデーネタ
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今年も框様が素敵なオレンジデーイラストを描かれ、Twitterで御披露くださいまして。
触発されて、久々に糖度高め(あくまで当社比)なお話を書きました。

最近全然新作書けていなかったので、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

Twitter見られる方は、是非、框様の素敵絵を御覧になってくださいませ。


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黒崎君が無事に大学を卒業し、就職したことで再開となった、私たちのお付き合い。
シフト勤務の私と、そうではない黒崎君の逢瀬は、大概が夜に、どちらかの家で過ごすのがパターンになりつつあった。

私が早番勤務だった今日は、仕事帰りの黒崎君が私のマンションに来てくれた。
他愛のない会話を交わしながら、私の作った夕飯を食べて、洗い物を協力して済ませて。
そして今は、黒崎君が好きだという映画を観ているところ。

テレビを観ている時の互いの定位置は、私が床に座ってソファに寄りかかり、その私を両足の間に入れた形で黒崎君が座面に腰掛ける。
2人横並びで座るのはまだまだ気恥ずかしく、かと言って距離をとって座るのも何やら寂しく、気がついたらこの形に落ち着いていた。

客観的な視点で考えれば、横並びよりも余程恥ずかしい状況では?と思ったりもするのだけれど。
黒崎君が時折、私の髪をくしゃくしゃと掻き回してみたり。
そのままひと房掬い取って、三つ編みを始めてみたりするのは、「ぬいぐるみやペットをモフって癒される」的な、ストレス解消という側面があってのことなのでは——と推察できるし。
私は私で、お兄ちゃんの胡座を組んだ膝の上であやしてもらった幼い頃を思い出して、泣きたくなるような安心感を得られているので、結果オーライなのだろう……多分。

「美味い、か?」

CMに切り替わった時、頭上から降ってきた黒崎君からの問いかけ。
私の膝の上には、オランジェットが納められた小箱が乗っていた。
玄関で出迎えた私に、会社の先輩からのお薦めなのだと、黒崎君が差し出してくれたもの。

「うん、美味しいよ!」

頭上をふり仰ぎ、笑顔で頷きながら。
あれ、そう言えば——と。
基本甘い菓子は苦手な彼の、唯一と言っていい例外がチョコレートであることを思い出した私は、慌てて箱から個包装されたそれをひとつ、取り出した。

「ご、ごめんね! ひとり食べてて……」
「あ…いや、井上に喜んで欲しくて買ってきたんだから、気にするな」

催促したつもりはねぇんだ——と、狼狽えた声がボソリと零れる。
それは間違いなく彼の本心なのだと理解しつつも、自分の気の利かなさに地味に凹んだ私は、せめてもの…という気持ちから、個包装の袋を切って中身を取り出すと、体半分捻りながら黒崎君の口元へ向けて腕を伸ばした。

「はい、あーん!」

敢えて戯け口調で言い添えたのは、その方が変に遠慮せずに食べてくれるだろうと考えたから。
もちろん内心では、悲鳴をあげて床を転げたいくらい、恥ずかしかったのだけど。

ぱちり…とひとつ、黒崎君が瞬く。
何かを喉に詰まらせたような、困惑極まった表情で。

——失敗、だったかな。

背中に冷や汗が流れるのを、感じながらも。
今更引手を引っ込めることもできずに、笑顔を張り付かせる私。
でも。
焦る一方で、困り顔の黒崎君も可愛いな……なんて気持ちも湧き上がってきて。

「ほら、黒崎君! あーん!!」

再度、心からの愛しさと、ちょっとの悪戯っ気を込めた笑顔で促してみた。

——ゆっくり、十も数えた頃だろうか。
ふっ…と。
観念したように小さく息を吐き、黒崎君は軽く身を屈めて目を閉じた。
躊躇いがちに開かれた口の中に、オランジェットを差し入れる。

ぱくり…と咥えられ、咀嚼されていく様を、まるで大型犬に餌付けをするような気持ちでにこにこと眺めていた私、は。
しかしながら次の瞬間、引っ込めかけていた右手を掴まれ、驚きのあまり文字通り飛び上がった。
慌てて立ち上がりかけると、今度は左の肩を押さえられ、動きを封じられてしまう。

「く、くくくくくくくろさき、く——ひゃあっ?!」

掴まれている、右手。
その人差し指が、これまで経験したことのない感触に包まれ、思わず悲鳴を上げた。

あわあわ、と。
ただ、口を開けたり閉じたりするばかりの私の視線の先、にぃ…と黒崎君が口の端を吊り上げる。

「チョコ、ついてたから」

ちろり…と。
してやったりとばかりに、舌を出してみせながら。

「……揶揄わないでよぅ」
「そりゃ、お互い様だろ」

口を尖らせる私に、苦笑しつつ肩をすくめる黒崎君。
その細められた瞳に、どこか切なげな光が宿った。

「井上……」

私の名を呼ぶ声は酷く掠れて、額を掠めた吐息は熱くて。
手を掴む力が一層強まって、なのに、私を見つめる瞳は、まるで迷い子のようにゆらゆらと不安気に揺れていて……。

きゅう…と、心臓が甘く痛む。

そっと手を握り返せば、黒崎君は軽く息を呑んだのち、やわらかく茶の瞳を細めた。
ゆっくりと身を屈めてくる、その動きに誘われるように、静かに瞼を落とす。

羽が触れるように優しく重ねられた唇から、は。
爽やかなオレンジの香りと、チョコの甘さが、仄かに伝わってきた。






 



カテゴリ: 小話

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