06/25の日記
00:09
リクエスト「初デート」ネタ@
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リクエスト主様から、小出し公開することをお許しいただいたので、とりあえず今、書けているところまでを貼っておきます。
お題は「初デート」。
なのに、シリアス系の話を思いついてしまって、自分で白眼。
タイトルも未定です……この先、良いの思いつくといいなぁ。
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「ごめんね、黒崎くん……私、やっぱり今は…」
俯いて、震える声を搾り出す井上。
俺は静かに目を閉じて、わかった——と応えた。
そうすることしか、できなかった。
恋次に発破をかけられて、積年の想いをようやく告白するに至ったのは、冬の最中のこと。
その日から、早数週間経って。
そこかしこに春の気配を感じられる始まりの季節≠ニ呼ばれるこの時期に、しかしながら井上は、俺たちの関係を一度無かったことにしたいと言い出した。
「足手纏いになるのが、怖い」
それが、井上の言い分。
就職試験や卒業論文だのを控えた俺にとって、自分との交際が悪い方向に影響したら…という不安に、勝てそうにない——と。
「この短期間に、黒崎くんに対して、どんどん我儘で贅沢になっていった自覚があるの。だから……」
その気持ちは、容易に理解できた。
俺も、同じだったから。
特別理由がなくても、電話をかけたり逢えることの喜びや嬉しさ、は。
偶に逢ったり、メッセージを交わしたり…それだけで何日も浮き立つような気分で過ごせた頃を、あっという間に遠い♂゚去にした。
もっと、一緒にいたい。
もっと、声を聞いていたい。
膨らんでいくばかりの想いは、幸福と同時に不安も連れてくる。
彼女の人生にとって、己の存在が足枷になってはならない——と。
すでに社会人としての立場を確立している、井上と。
未だ学生で、それも人生の岐路に立っている俺と。
現時点に限っては、どちらがより相手に対して強いプレッシャーを与える存在かなんて、考えるまでもない。
何より日毎、彼女の表情に翳りがさしていくことが気になっていた。
いつだって、どんな時だって。
笑顔でいてほしいと願っているひと、なのに。
「……友達、では居てくれるんだろう?」
俺の言葉に、井上は弾かれたように顔を上げた。
その瞳が、転げ落ちそうに見開かれている。
「何だよ、その顔」
「だって……いいの………?」
「いいの、って——」
思わず、苦笑する。
「別れ話ってのとは違うだろ、これ。
少しの間、彼氏・彼女≠チて立ち位置から、お互い降りようってだけのことで」
「黒崎くん……」
「だから——俺からも普通に連絡はするし、虚退治も手伝ってもらうつもりだし、井上もこれまで通り遠慮なく、漫画や廃棄パン持って遊びに来いよな」
「……廃棄じゃないもん、売れ残り!」
井上が、ぷうっと大きく頬を膨らませる。
おそらくは、わざと。
無理に作ったおどけた表情のなか、潤んだ目が兎のように紅い。
「——で、さ」
「……?」
殊更に明るい口調で切り出した俺に対し、ことり…と井上が首を傾げる。
俺は軽く身を乗り出すと、薄茶の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「せめて今日一日、猶予くれねぇ? 彼氏で居られる時間」
「え……?」
「連れて行きたい場所があるんだ」
デートらしいデートも、したことなかったからさ——と。
苦笑混じりに言えば、困ったような、申し訳なさそうな、複雑で曖昧な微笑みを井上が浮かべる。
シフト勤務の井上と、不定期に鰻屋のバイトが入っていた俺と、初めて休日の空きが重なったのが今日だった。
特別な日にしたいと願っていた、今朝までの気持ち。
それを、諦めたくはない。
「明日からが、辛くならないかな」
「俺は、希望にしたいと思ってる」
「希望……そっか。うん、そうだよね」
伏目がちに、噛み締めるように呟いて。
やがてゆっくりと顔を上げた井上は、一転、無邪気な子供のように興味津々な視線を俺に向けた。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「それは、着いてのお楽しみ——って、そんなすげえ場所でもないから、期待されすぎても困るけど」
軽く肩をすくめれば、井上は緩く首を横に振って。
それはそれは穏やかな微笑みを浮かべて、言った。
「黒崎君が私のために選んでくれた場所なんだもの、きっと楽しいよ!」
——ああ。
本当に、敵わねぇや……。
俺たちの最寄り駅から、数駅離れた地に降り立つ。
市の中心から外れたその場所は、駅前のちょっとした商店街を抜ければ、あとは閑静な住宅街が続くばかりだ。
他愛のない会話をしながら、10分ほども歩いた頃だろうか。
暦の上では春になったとは言え、まだまだ冷たい風に乗って聴こえてきたのは、笛と太鼓の音色。
「これ、お囃子……? もしかして、お祭りに連れて行ってくれるの?!」
「ああ。この先にお稲荷さんがあって、そこの初午大祭なんだ。井上、縁日とか好きだろ?」
「うん、好き! 大好き!!」
瞳を煌めかせながら力一杯頷く姿に、自然と俺の口元も緩む。
同時に、胸を締め付けられるような痛みにを覚えて、上着のポケットの中、密かに強く拳を握った。
だけど。
そんな俺の心のうちを、井上が見逃すなんてことは、やっぱりなくて。
気遣わし気に眉尻を下げ、そっと俺の上着の袖を引いて——おそらくは無理をしなくていいとか、引き返しても構わないとか、そんなことを言おうとしたのだろう。
桜色の唇が躊躇いがちに開きかけたところで、俺はそっと井上の手を外した。
瞬間、顔を強張らせて井上が凍りつく。
「くろ、さ………え? あの、きゃあっ?!」
「——言ったろ、希望にしたいって!」
井上の手を取り、精一杯晴れやかに笑いながら、俺は足を大きく前に踏み出した。
急に手を引かれて身体のバランスを崩し、タタラを踏んだ井上が、無意識に俺の腕に縋る。
「もう——びっくりさせないで」
なんとか体勢を立て直し、俺の腕から離れつつ口を尖らせて。
同時に、唯一放されずにいた手を、きゅう…と柔らかく握り返される。
伝わる体温が温めてくれるの、は。
指先、だけじゃなくて……。
「あの角を曲がれば、そろそろ屋台が見えてくる筈だから」
「うん!」
——憶えていよう。
今、この瞬間から彼女を家に送り届けるまでの、全てを。
彼女の浮かべる、どんな表情も。
声も、言葉も。
ちょっとした仕草や、この手の中にある温もりも。
全部全部、五感全てに鮮やかに焼き付けよう。
いつでも、どんな時でも。
望めばすぐに、記憶という名の宝箱から取り出せるように。
これからの1年を、乗り越えていくための糧となるよう……。
ぼぼん——と。
花火の音が、早春の空に高らかに響き渡った。
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