09/10の日記

07:59
リクエスト「初デート」ネタA
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前回から2ヶ月半も空いてしまい、申し訳ありませんでした。
お楽しみいただければ、幸いです。
次回で完結の予定です。
次はもっと早くアップできるよう、頑張ります。

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たどり着いた神社の参道前は、小学生くらいの子供とその保護者らしき大人を中心とした人々で、そこそこ賑わっていた。

空座の中心街で開かれる催事に比べたらかなり小規模だが、古くから地域に根ざしたお祭りなのだろう。
行き交う人々が、笑顔で挨拶を交わし合っていたり。
道のあちら側とこちら側から、互いの名を呼びつつ駆け寄った子供達が、手を繋いでお目当ての屋台へと突進していく様など。
眺めているこちらの口元も綻ぶような光景が、目の前に広がっている。

歩行者天国となった道路の両端に軒を連ねた屋台は、全部で15軒ほど。
うち10軒ほどが飲食系だ。
さりげなく井上へと視線を向ければ、そりゃあもう、瞳の中できらきらと星が瞬いている。

「この数なら、制覇できる…」

歓喜に震える声で漏らされた呟きに、思わず吹き出した。
確かに、井上の胃袋なら余裕だろう。

「奢るぜ? バイト代入ったばっかりだし」
「え?! いいよいいよ、私だってお給料もらったばかりだし」
「じゃあ…俺も食べたいものについては、井上が払うってのは?」
「えと…それだと多分、黒崎くんの負担の方が、断然重いと思う…よ……」

耳まで赤くした井上が、俯き加減にボソリと呟く。
もじもじと上着の裾をいじる指先の動きに苦笑を漏らしながら、俺は別に構わないと首を横に振った。

「でも——」
「俺さ、井上が何か食べてるところ見てるの、好きなんだよ。
本当に美味そうに、満面の笑み浮かべて、もりもりと食うからさ。
なんか、元気出るんだよな」
「そ、そう?」
「おう。だから気にするな。俺の中では、充分に釣り合いとれてるから」
「うーん……黒崎君が、そう言うなら」

井上は素直に喜べない、納得もいってない、そんな困り顔のまま、小さく頷く。
だから敢えて、俺から先に屋台の一つを指差した。

「俺、あれは外したくねぇんだけど」
「わ、牛串!!」

少し値の張るものを選んだのは、その方が井上の遠慮も無くなると思ったから。
どうやら狙いは当たったようで、途端に井上の表情が明るく華やいだ。

「いいね、いいね、美味しそう!!」

そのまま屋台へと向かって走り出しそうな勢いだったが、はた、と立ち止まる。
そして俺を振り返り、軽く肩をすくめながら、井上はちろりと小さく舌を出した。

「いっけない…! 先ずは神社にお参りして、神様に御挨拶しなきゃね!」
「——だ、な」

ああ……こんな、何気ない瞬間にこそ思い知る。
どうしようもなく井上に惹かれてしまう、その理由を。





神社の隣は小学校で、校庭にはステージトラックと折り畳み椅子が設置されていた。
立て看板に掲示されたプログラムを見るに、どうやら小学校やすぐ近くに建つ中学校のクラブ活動、市民サークルの成果発表の場も兼ねているようだ。

とりあえず両手に抱えられるだけの屋台食を買い込み、最後列の椅子に腰掛ける。
ステージでは、30人ほどの小学生が揃いの衣装を着て歌っていた。
晴れたらシーラカンスを、雨ならステゴザウルスを、風が吹いたらプテラノドンを捕獲しに行こう——そんな不思議な歌詞を、疾走感のある伴奏に乗せて、元気よく声を響かせている。

「面白い歌だねぇ」

くすくす笑いながら呟いた井上が、大口を開けて齧り付いたのは、焼きとうもろこし。
焦げた醤油の香りに刺激されたのか、俺の腹の虫も鳴きそうになり、慌てて牛串を頬張る。

「美味い」
「ほんと? 益々、食べるの楽しみ!」

まるで幼い子供のように足をぷらぷらさせながら、井上が笑った。
そんな仕草ひとつとっても、愛しさと淋しさ、自己嫌悪と奮起する気持ちとが心中を目まぐるしく入れ替わり、息が詰まりそうになる。
無意識に胸元に手をやり、上着を強く握り込んだ——そんな俺の顔を、心配そうに覗き込む、大きな薄茶の瞳。

「黒崎君、よく噛んで食べないと」
「——おう」

ピントのズレ加減に対する可笑しさに、苦笑を漏らしつつ。
優しく背をさすってくれる手が嬉しくて、勘違いを訂正してやらない俺は、卑怯者だろうか。





「焼きそばとお好み焼きは、半分こするんだよね。
それぞれの容器の中身を、半分ずつ入れ替えればいいかな?」
「ああ、それでいい——って、おい! 目玉焼きは、井上が食えよ。目玉焼きの乗ってる焼きそば見たのは初めてだって、あんなにはしゃいでたのに…」
「えへへ、つい興奮しちゃって——ごめんね黒崎君、隣に居て恥ずかしかったでしょ?」
「いや、別にそこは気にしてねぇけど」
「確かに、買った時には美味しそうと思ったんだけど、考えたらお好み焼きにも大阪焼きにも卵が入ってるんだよね。
ちょっと食べ過ぎかなーって」
「……なら、遠慮なく貰っとく」
「どうぞどうぞ!」
「代わりに、イカ焼きでおまけしてくれたゲソは、井上にやるな」
「わぁい!」



「よさこいソーラン、かっこよかったね! 私も小学生の時に踊ったけど、振り付けちょっと違ったなぁ」
「俺は幼稚園の時だった」
「え、ほんと?! 写真とか録画とか、残ってたりする?」
「多分」
「観たい!!!」
「断る」
「けちー!」
「ケチとか言ってると、焼き鳥やらねぇぞ」
「話をすり替えない! 焼き鳥独り占めも駄目ー!!」
「次は中学生の吹奏楽だってよ。すげ、全国大会出場だって」
「くろさきくんてば!」
「ほら、静かにしねぇと周りに迷惑だぞ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
「ねぎまとつくね、どっちも二本ともやるから」
「うううううう」



「はぁ、美味しかったぁ!
バナナにチョコかけて食べようって最初に思いついた人、ほんっと天才だよねぇ!」
「………そうだな」
「それにしても、黒崎君が南京玉すだれに興味あるとは知らなかったなぁ。
これまでで一番、食い入るように観てたよねー」
「……まぁ…割と面白いよな」
「うんうん! 簡単そうに見えるけど、やってみたら意外と難しいのかもね。
そうだ、黒崎君! 市の広報とかちゃんと見てる? サークル仲間募集ってところ見ると、時々出てるよ?」
「別に、習得したいとは思ってねぇし」
「ふぅん? あんなに熱心に観てたのに」
「邪念を払いたかっただけ」
「へ? 邪念?? どんな???」
「教えねぇ」
「えー……」



「お……今度は和太鼓か」
「ふふ、凛々しいねぇ…法被に鉢巻!」
「井上」
「はい?」
「俺、さっき買いきれなかった分を手に入れてくる。荷物、頼むな」
「え、でも……」
「いいから、此処に居ろよ。半端なく楽しんでるだろ、出し物」
「——うん、実は」
「なら、ゆっくり見てろ」
「……ありがとう」
「何はともあれ、次こそカマンベールフライか?」
「うん! あとじゃがバターと、フランクフルトと、さつまいもスティックも!!」
「仰せの通りに」

椅子から立ち上がり、戯けて執事のようにお辞儀をして見せれば。
きょとんとした顔で俺を見上げたのち、ケラケラと笑い出す井上。
西に傾き始めた陽の光が、柔らかなオレンジ色で彼女の輪郭を縁取り、風に揺れる胡桃色の髪を金色に透かした。





少しずつ、少しずつ。
今日という日が、終わりへと向かっていく——。





祭りの最後を締め括ったのは、神社の建立由来の神楽だった。
昼と夜の狭間、藍色に沈んだ世界の中で、松明に照らされた特設舞台の上で繰り広げられる演舞は、とても幻想的で厳粛で。
ふたり声もなく、舞台を見つめる。

「綺麗だね……」
「ああ」
「連れてきてくれて、ありがとう。とっても楽しかった」
「おう」
「——ねぇ、黒崎君」
「ん?」
「あのね……今日の私に、こんなこと言う資格が無いのはわかってるんだけど——でもね」

舞台に視線を向けたままの井上の肩が、微かに揺れて。
雅楽の音に紛れるように、唇の隙間から震える声が押し出された。

「来年もまた、此処に来たい。黒崎君と、一緒に……」
「井上……っ」

喉元に熱い塊が迫り上がり、瞼裏が熱を持つ。
は、と短く息を吐いて。
どうにか気持ちを落ち着けると、俺はそっと井上の手を取った。
びくり…と、細い肩が跳ねる。
だけど握った手は振り払われることなく、優しく握り返された。
陽が落ちて、急速に気温が下がっていくなかで、掌を通して伝わる井上の体温は殊の外心地よく、心の奥底に横たわる根雪のような未来への不安を、少しずつ解かしていく。

「ごめんね…勝手なことばかり……」
「そんなこと思ってねぇから、安心しろ」
「でも——」
「また一緒に来たいなんて言われて、嬉しい以外に何があるんだよ」
「くろ、さ……く…」

それまで頑なに俺の方を向かなかった井上が、ゆっくりと俺を振り仰いだ。
視線が、重なる。
心の奥底までも見透かすような眼差しに、気圧されながらも。
俺は真っ直ぐに彼女の瞳を見据えて、口を開いた。

「約束する。
来年の祭りの日までに、絶対に就職先と卒業を決めてみせる。
だから——必ずまた、ここに来よう」
「黒崎くん……」

ふうわり…と。
花が綻ぶように、井上が柔らかく笑み崩れていく。
今にも泣き出しそうに、瞳を揺らしながら——。

「頼む——待っててくれ」
「………はい!」

こくり…と、細い首が縦に振られる。
そして顔を上げた井上と再び視線が重なったとき、彼女はより一層深く華やかに、微笑んでくれた。





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カテゴリ: 小話

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