02/14の日記

11:54
バレンタイン小話
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※ずいぶん前に書いたバレンタインネタ(小話内に格納、14歳バレンタインlog:バレンタインデー・ホワイトデー 2ページ)をベースにしております。





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忘れられない、光景がある。







「そろそろ、食べましょうか」

織姫の声かけに、一勇が歓声をあげながらダイニングテーブルへと駆け寄った。
後を追う俺を振り返り、早く早く…と地団駄を踏みながら、子供用の椅子に座らせてくれとせがむ。

「…少し落ち着け」

ため息混じりに宥めながら小さな身体を抱え上げ、椅子に座らせてベルトを締める。
安全が確認できたところで、少し離れて控えていた織姫が、一勇の前に丸皿を置いた。

「わぁ…!」

織姫譲りの大きな瞳をきらきらと輝かせて、一勇が目の前の皿をみつめる。
そこには、切り分けられたチョコ味のシフォンケーキが、生クリームやアイス、果物などと一緒に可愛らしく盛り付けられていた。

「お店のデザートプレートを、参考にさせてもらったの」

俺を見上げて、織姫がにこりと笑う。
ABCookiesは数年前、製菓中心の本店移転の際に、併設のレストランを開業した。
織姫は基本パン屋側の職員のままだが、貸切イベントで人手が足りないときなど、給仕の手伝いに出向くこともあるのだ。

「美味そうだな」

俺の定位置となっている席に着きながら笑いかけると、織姫の瞳が一層柔らかく細まった。
そして俺の前には紅茶を、一勇の前にはホットミルクを置くと、さぁ召し上がれ…と声を弾ませる。

早速「いただきます」を言うやいなや、あーん…と大口開けてケーキを頬張り始める一勇。
その様子を微笑みながら一通り眺めたあと、織姫は踵を返し、キッチンへと向かって行った。

どうしたのだろう──と訝しんで眉根を寄せたところで、織姫がリビングへと戻ってきた。
その手に、一口大ほどのケーキの乗った小皿を持って。


……あぁ、そうか。


俺の推察どおり、織姫はリビングを横切り、壁際のサイドボードへと向かっていった。
そこには、俺のお袋と昊さんの遺影が並んでいる。
ちょうどその真ん中あたりにケーキを置き、織姫は静かに手を合わせ、そのまま暫く黙祷しつづけていた。

なんとなく目を離せず見守り続ける俺の視線の先、合掌を解いた織姫が、淋しげな微笑みを写真に向ける。
その横顔を目にした途端、脳内で12年もの時が一瞬にして巻き戻った。



セーラー服に身を包んだ少女が、唇を噛み締め、涙を堪えながら、手にしたチョコレートの箱を見つめている。
やがて、深いため息を吐きながらそっと棚に箱を戻し、肩を丸めるようにして特設コーナーを立ち去った――そんな彼女の後ろ姿を、離れた場所から黙って見送るしかなかった、12年前のあの日。
忘れ得ぬ、14歳の冬の日の記憶。

いつかの、未来に。
あの子が再び、笑顔でチョコを選べる日が来るといい。
あの子が差し出すチョコを喜んで受け取り、優しく微笑みを返してくれる誰かに、出会えるといい。
そんなあの日の、俺の願いは。
いつしか、その誰か≠フ位置に立つのは俺でありたい…という自身の望みへと変わっていった。


そして、今――。


「おかあさん、おかあさん、すっごく美味しいよ! ね、おとうさん!!」
「ああ、そうだな」
「ほんと?! 良かったぁ……!!」

俺と一勇が笑顔と共に贈る賛辞に、織姫が満面の笑みを浮かべる。
頬を淡い紅色に染め、まるで大輪の花が綻ぶように……。


数多の困難と、紆余曲折を経つつも。
今、この時へと辿り着けたことを、心底嬉しく思う。
自分が今、この場所に居られることを、誇りに思う。
そして、身も心も甘く溶かされながら、気持ち新たに誓うのだ。
この、幸せを。
家族の笑顔、を。
この先もずっと、護り続けていくのだ――と。





「ふふ…我ながら、美味しく作れた……!」

俺の向かいの席に腰掛けた織姫が、ケーキを頬張りながら、満足気につぶやく。

「ほんとに、美味かった。ご馳走さん」

空になった皿とカップを重ねて席を立ちつつ、片手を伸ばして胡桃色の髪を軽く撫でれば、肩を竦めるようにして織姫が笑った。
その混じり気の無い笑顔に、痛いほどに甘く、鼓動が高鳴る。

忘れ得ぬ、新たな記憶を刻み込む。
その、証であるかのように……。










カテゴリ: 小話

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