02/20の日記
16:34
ちょっと裏な小ネタ
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◆追記◆






――大丈夫か?……と。
耳に届く低い声が、ほんの少しだけ掠れている。
大丈夫だよ…と返した私の声もまた、同じくらい掠れていて。
それを聞いた一護君は、少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。

大きな掌が、そっと私の頬に触れる。
伝わる体温の心地よさにゆるりと瞼を落とせば、羽が触れるかのような優しい接吻が降ってきた。
頬に、瞼に…そして、唇に……。

くすぐったさに、思わず小さな笑みをこぼす。

やがて頬から手が離れ、大きく空気が揺れた。
同時に感じる、喪失。
慌てて目を開ければ、ベッドの縁に腰掛ける、広い背中が視界に飛び込んだ。
その、瞬間。
えも言われぬ恐怖に心身を襲われ、私は身を強張らせた。


――いかないで…!


心の中だけで叫んだ声が、聞こえた筈もないのに。
直後に振り返った一護君は、私を安心させるかのように柔らかく目を細めると、布団を引っ張り上げながら私のすぐ隣に横になった。
そのまま腕の中に抱き込まれ、ぽんぽん…と軽く背中を叩かれる。

私は一護君の肩口に額を押し付けると、深く深く息を吐き出した。
肌と肌が、触れ合う。
ただそれだけのことなのに、こんなにも深い安らぎを得られることが、少し不思議で、泣きたくなるほどに嬉しい。

背から離れた手が、今度は髪を梳き始める。
その合間に、額に柔らかな接吻が落とされる。
幼い子供をあやすようなその触れ方は、まるで凪いだ春の日の風のようで。
ついさっきまで同じ手が、嵐の海に浮かぶ小舟のように、私を翻弄していたのに…と。
その落差の大きさに、つい、苦笑を溢してしまった。

「……なに、笑ってんだよ」

拗ねた声が、耳元で囁く。
肩に手を置かれ、少しだけ身体を離されて。
ゆっくりと見上げた先には、前髪の隙間から私の瞳を覗き込む、綺麗な琥珀色。
不安気に揺れるその瞳に、出来得る限り優しく微笑みながら、なんでもない…と首を横に振った。

「……大好き」

囁くように想いを伝えれば、ぐっ…と息を呑み、喉に何かを詰まらせたような顔をして。
顔を逸らし、視線を宙に彷徨わせながら、不意打ちは勘弁してくれ…とぼやくように呟く一護君。
その眉間には、久しく目にすることのなかった深い深い眉間皺。
への字に引き結ばれた口元とも相まって、出会った頃の面影が、目の前の横顔に重なった。

――ずっと、横顔と後ろ姿だけを、追っていくことになるのかな…と。
独りきりの部屋の中で、膝を抱えてそんなことを考えていたあの頃が、遠いようで近く、切なくも愛おしい。

「……そろそろ、眠れ。明日も、早いんだろ?」

照れ隠しなのか、些かぶっきらぼうな口調で気遣ってくれながら、一護君が私を腕の中に抱き込み直す。
素直に頷いて、私もまた瞼を落とした。

一護君の手が、再び私の髪を梳き始めて。
その心地良さに、程なくして訪れた穏やかな眠気に、ゆるゆると夢の国へと誘われていく。

「おやすみ、織姫……」

この世の誰より愛しく大切な人が、耳元で私の名を囁く。
その幸福に包まれながら、私はゆっくりと意識を手放した。













2021/02/20 16:34
カテゴリ: 小話
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