はらりと落ちる花
□呉服屋の日常
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冬が過ぎ、春になる。
美咲が好きな桜は満開に咲き乱れ、京の町に桜吹雪を運ぶ。
呉服屋の表を掃除していた美咲はふわりと舞い散ってきた桜の花びらを拾い上げ、しおりにしようと持ち帰った。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい」
ここの呉服屋にはたくさんの客が訪れる。
他に呉服屋がないから…という理由もあるが、大半は美咲が仕立てる腕がいいから。
たったひとりで切り盛りしているため時間は掛かるが、仕事ぶりは完璧だ。
「今日は美咲ちゃんが着てるような桜色の着物を仕立ててほしいんだ」
「まぁ。お孫さんへの贈り物?」
誰にでも優しい美咲は親しみやすいのか仕立ての依頼以外にも来客が多い。
例えば団子屋、例えば蕎麦屋、例えば薬屋…。
この通りは様々な店が建ち並んでいる為、皆が知り合いのようなもの。
身体の弱い美咲を気遣い、いろいろと面倒を見てくれるのだ。
「姉さん!薬だよ……っと。お客さんがいたのかい。邪魔したねぇ」
「いえいえ。もう終わりましたから」
ではご希望のものを仕立てておきます。
そう客に深々と頭を下げると、仕立てを頼んだ客は上機嫌に呉服屋を後にした。
どうやらあの男もこの店が気に入ったのだろう。
「相変わらずの繁盛だねぇ。うちにも分けてほしいぐらいでさぁ」
「ふふ。薬屋にお客が増えるのは複雑な気分になっちゃうわ」
いつものように美咲は男が持ってきた薬を貰う。
代金はまたで構わないと言う男に、本当に困ったように眉を寄せた。
「いつも悪いわ」
「いいってことよ。姉さんにはいつも世話になってるからな」
世話をされてるのは私よ。
そう小言を漏らすと、薬屋の男はニッと笑った。
「そう思ってくれてるなら、また仕立てを安くしてくだせぇ」
「はいはい。いつもありがとうね」
素直に薬を受け取り、表まで薬屋を送っていくと、町を歩く浅葱色の羽織りが見えた。
あれは……新選組の一番組組長、沖田総司。
美咲と沖田が出会ったのはもう数十年も前だ。
道場で天然理心流を教えていた近藤の門下生になったのが当時最年少だった沖田総司。
入った当初、なかなか人の中に交じろうとしない沖田に頭を悩ませた近藤は知り合いである美咲に沖田の面倒を任せた。
最初は嫌がっていた沖田だったが、美咲の持つ独特な雰囲気と優しさに心開き、道場でも皆と関わるようになった。
「本当に……大きくなって」
遠目で愛おしそうに沖田を見つめる。
春風が浅葱色の羽織りを揺らし、散りゆく桜を眺めるように沖田は空を見上げた。
「…!美咲さん」
ふと視線を空から反らすと、呉服屋の前にいる美咲を見つけた。
思わずこぼれてしまった笑みを隠すことなく、沖田は手を軽く振る。
「また非番の時に行きますね」
「えぇ。楽しみにしてるわ」
元治元年、四月。
池田屋事件の二ヶ月前の出来事である。