はらりと落ちる花
□奇跡を信じて
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「吐血をした…ですかい?」
「そう。池田屋事件の時よ」
今日は珍しく美咲が薬屋を訪れていた。
聞きたいことがあると八郎に言うと、わざわざ仕事を中断してきてくれる。
こんな優しいところが彼のいいところなのだろう。
「敵に斬られたとかじゃないんですよねぇ?」
「刀を交えたらしいけど無傷だったらしいわ」
薬屋はうーんと考え、言いにくそうな表情を浮かべている。
「いいの。私もなんとなく覚悟してるわ」
いつになく真剣な面持ちの美咲に薬屋はその表情を崩すことなく口にした。
「多分そりゃ……労咳でさぁ」
「…………」
予想していたが面と言われるとやはり言葉が出てこない。
そう……沖田総司には労咳の疑いがあった。
聞いた話では数日後には屯所に松本先生という医者が来るらしい。
もちろんその人に詳しく検査してもらわなければ分からないが、おそらく結果は一緒だろう。
「労咳なんて……」
「まだ決まったわけじゃねぇでさぁ。その松本先生って人に詳しく検査してもらえるんでしょう?それまでは希望を持ちやしょう」
「……………えぇ」
気付いたのは池田屋事件から数日経ち、何度か行っている見舞いの時だった。
沖田の部屋の前まで来た時、咳をしているのが聞こえた。
それは何度も何度も、しばらく止まらない。
部屋に入り、背中をさすると沖田は今まで見たことのない表情で美咲の手を振り払った。
そして我に返ったように目を丸くし「ごめんなさい」と苦しそうに呟いたのだ。
様子のおかしい沖田を案じ、土方に「総司くんに刀傷があったか」と聞くと首を横に振った。
刀傷がないのに血を吐き、咳をし、苦しそうに胸を押さえている。
当て嵌まるものがひとつ……浮かんでしまったのだ。
「また結果を知る機会があったら教えてくだせぇ」
「えぇ……わざわざありがとうね」
不安にさせないよう笑ってみせると、八郎も微笑んだ。
呉服屋までの道はそんなに遠くはないなのにもう何里も歩いてる気さえする。
「やい女ぁ。お前、なかなかいい顔をしておるなぁ」
「え……?」
いきなり肩を捕まれグラリと身体が揺れる。
顔を上げるとそこには浪人が二人。
厭らしい目で美咲を見ていた。
「酌でもしてもらおうかねぇ?」
「いやいや。そんなことよりこの女で遊びましょうぜ」
どちらにしても美咲にいいことはない。
振り払おうとするとさらにがっちり手首を捕まれた。
「離して!」
「貴様。我ら勤皇の志士がこうして誘ってやってるというのに」
「誘う?馬鹿言わないで。私はこれから帰るところがあるの」
ギッと睨みつけると勤皇を名乗る浪人は刀の柄を握った。
思わず身構え、護身刀に手を伸ばした時だった。
「ねぇ。君達、その人に手を出すんなら殺すってことになるんだけど…構わないよね?」
「て、てめぇは…!!」
目の前に現れたのは、浅葱色の羽織りを着た男。
白銀に輝く刀が浪人の背後を捕らえる。
「僕は今虫の居所が悪いんだ。…早く消えないと斬っちゃうかもね」
「ちっ……行くぞ!」
「覚えてやがれ」
美咲の手を離し、そそくさと消える浪人たち。
完全に姿が見えなくなったところで美咲は膝から崩れる。
「わっ…!大丈夫ですか?」
「こ、腰が……」
「腰が?」
「腰が抜けちゃった…」
「………ぷっ。あはははっ!!」
大笑いをする沖田に美咲はむすっと膨れる。
そんな美咲にすっと手を伸ばす。
「ほら。立てますか?」
「……………」
違う。
きっと……何かの間違えよ。
総司くんが……労咳なんて。
「身体弱いんですから、あまり無理しないでくださいね」
「………えぇ。ありがとう」
大丈夫。
松本先生という方がきっと正しい判断をしてくれる。
だから……お願いだから…
「そうだ!明日非番なんですよ。約束の団子屋、行きましょうね」
この輝く笑顔を……奪わないで。