はらりと落ちる花
□京の呉服屋
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しばらく歩いていると目的の場所に着いた。
呉服屋天音。
お礼を言いたい相手…というのがこの仕立屋にいる。
「こんにちは」
濃い緑色の暖簾を潜ると、中から優しい声色の女の声が聞こえた。
パタパタと足音が近付いてきて、僕の前で止まる。
「あら、総司くん。いらっしゃい」
「こんにちは、美咲さん」
奥から出てきたのは穏やかな表情をした女性だった。
肌の色は透き通るように白く、桜色の着物がよく映える。
「何か用だったかしら?また羽織りがほつれた?」
にこっと笑った表情はまるで桜のようだと、昔からの知り合いは皆口を揃える。
僕自身も確かにそう思った。
小さい頃からお世話をしてもらっている美咲さんは覚えている限りいつも笑っている。
「ううん。今日は土方さんにお礼を頼まれたんだ。…これ」
土方さんから預かった団子を渡すと、美咲さんは申し訳なさそうな表情を浮かべながらそれを受け取る。
「ごめんなさいね。いつも気を遣わせちゃって……勇さんと歳三さんによろしく言っておいてちょうだい?」
「よかったらお茶でも飲んでいって?」そう言いながら美咲は手招きをした。
もともとここでお邪魔しようと思っていたわけだから「じゃぁ失礼します」と奥へ入る。
「今日は非番だったのね。最近忙しいみたいだから心配してたのよ?」
みんな元気?
そう聞きながらお茶の準備を進める美咲さん。
「うん。近藤さんは相変わらずだし、土方さんも変わらず仏頂面。何も変わらないよ」
僕の言葉に美咲さんはくすくすと笑いながらお茶を置いてくれた。
「お団子は一緒に食べましょうか」
土方さんから預かった団子を皿に盛ってくれた美咲さんにお礼を言うと、ふわりと微笑みながら直している途中の着物を縫う作業に取り掛かり始めた。
「懐かしいわ。よくこうして総司くんとお団子を食べたりしたものね」
針仕事をしながら僕が団子を食べる様子を見つめる。
「そうですね。土方さんに『サボってねぇで稽古しろっ!』…ってよく怒られました。…そんな事より身体のほうは大丈夫なんですか?」
僕の言葉に、美咲さんは「おかげさまで」と優しく答える。
「歳三さんがいつも石田散薬を送って下さいますから」
「あははっ。効き目抜群ですよね……ある意味」
ある意味?なんて言って首を傾げる姿は愛らし過ぎて抱きしめたくなる。
僕はいつもこんなふうに厄介な感情と戦っているのだ。
小さい頃から僕の面倒を見てくれたこの人は近藤さんの知り合いという名目で道場時代に紹介された。
当時、へそを曲げ誰とも心開かなかった僕に何度もめげずに手を差し延べてくれたその人。
第一印象は『ちょっと変わったしつこい人』だった。
『総司くん。一緒に遊びましょう?』
『嫌。お姉さんしつこいよ』
『だって……総司くんと遊びたいんだもの。断られたって何度でも聞いちゃうわよ?』
『…………変な奴』
そんな変な奴が、いつしかいなければ落ち着かない存在に変わっていた。
住み込みで掃除、洗濯、料理など様々なことをこなしてるくせに、どんなに忙しくても必ず声を掛けてくれる。
いつしかそんな美咲さんに想いを寄せるようになっていた。
「新選組は男所帯でしょう?何か困ったことがあったらあったらすぐに言ってね。力になるわ」
「はい。ありがとうございます」
こうやって人を思いやってくれるところも好きなところのひとつ。
いつだって自分より僕らの心配をしてくれる。
「私はバタバタしちゃうけれど…今日はゆっくりしていってちょうだいな」
僕が惚れたのは……そんな優しいひと。