短編小説

□短々編集
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桜下



「私ね、桜が好き」


少女は舞い落ちる桜を見て呟いた。


一人、満開の桜の下の遊歩道で。


「私、死んだら桜になりたいよ。すぐに散っても誰かの記憶に残るから」


悲しげに、半ば生きることを投げ出したように。


孤独が襲ってくるのに耐えながら涙して。


この少女は自らで命を絶つ決意をしていた。


生きる意味を見失った。


気が付くと一人だった。


どうしようもない悲しさと虚しさが溢れてた。


それに耐えられなくなったから。


「少し嫉妬しちゃうな、桜に」


私も誰かの思い出に残りたかったな、と


はかなく笑って。


これで死んだら私がこの世界にいたって証さえなくなるんだね、と心の中で呟いて。




後ろから近づく足音に気付かなかった。


気付いていたなら、予定通り少女は死んでいた。




「一人で何してんの?お嬢さん」


突然聞こえた知らない声に振り返る。


「誰?」


シルクハットにきちっとした正装。


くせのある黒髪に浅黒い肌、整った顔立ち。


格好いい、ううん、綺麗な男性。


「何?泣いてんの?」


その言葉に自分の涙に濡れた顔を思い出すが、それをどうにかする気さえ起きない。


「おにいさん、もう行って。私に関わらないで」


淡々と告げ、持っていたナイフを首にあてる。 


と、それを男が制した。


「おにいさん?関わっちゃだめだよ、私に」


「何で死のうとすんの?」


「この世界に私が必要ないから、だよ」


少女はにこっと笑って答えた。


「じゃあちょうどいい。お嬢さん、俺とおいで。俺はこの世界を壊すから」


「私を連れてっても何にもならないよ」


「いいよ。興味があるから」


そういうと男は少女をひょいっと持ち上げて桜の下を歩き出した。


少女はそれに抵抗するでもなく男の腕の中に収まった。


そこが心地よかったから。


なぜかそこにいたいと思ったから。


理由なんて上手く口に出来ないけど。


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