短編小説

□短々編集
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鈴蘭



「なんで言わなかった?」


ゆっくりと響く優しい声。


でもその言葉にあたしの体は畏縮する。


「ごめんなさい」


あたしが謝ると聞こえてくるため息。


呆れられちゃった?


分かってるよ、謝ればいいなんて思ってない。


聞いてるのは理由だよね?


でもその理由を、言いたくないの。


「怒ってるわけじゃないのが、分かるか?」


分かるよ。ティキの口調にはあたしを責めるような感じは含まれてない。


本当はもっと責められるかと思ってたけど、そこはありがとう。


でもごめんなさい。言葉が出てこないの。


話さなくちゃって思えば思うほど。


「はぁ…」


またティキがため息をついて、あたしの胸は締め付けられた。







ー今日はあたしの誕生日。


でもあたしはそれをティキに伝えなかった。


怖かったの。


無関心で終わらせられることが。


だってあたしが生まれてきたことを喜ぶ人なんていないから。


蘇る記憶。


幸せだった日々と、それを変えた冷たい言葉。


だって馬鹿みたいに思い込んでたの。


あたしは望まれて生まれてきたんだって。


人の気持ちなんて外側からじゃ分かんないのにね。


あたしはずっとあの人達の気持ちを分かった気でいたんだ。ー


あたしが少し回想してるとティキの手があたしの髪を優しく撫でて少し悲しそうに笑った気がした。


「もういいから」


小さく呟くように言ったティキ。


すると立ち上がり去っていく。


どこへ行くんだろう?


あたしがこんなだから嫌われちゃったの?


捨てられちゃうの?


昔みたいに…。


「(待って)」


行かないでほしいのに、


見捨てないでほしいのに、


その言葉さえ声にならない。


あの時と同じ…。







ー「ずっと演技してたってこと?」


あたしは聞いた。


確か季節は春から初夏に入る頃。


あたしの誕生日が近くてわくわくしてたような覚えがある。


あたしと親は些細な事で喧嘩してた。


その理由なんてくだらなすぎて覚えていないけど。


でもその些細な事が運命を変えてしまった。


…このとき喧嘩しなくたって結果はきっと同じだったけど。


親は言った。


‘もういい。あなたなんていらない。早くどこか目の届かない所へ行って’


だから聞いたの。


‘あたしはいらなかったの?今までの幸せは全部演技だったの?’って。


「そうよ。大体あなたなんて生まなければよかった。だから今からでもいなくなって。勝手に生きて勝手に死んで」


あたしは何も言えなかった。


そのうちその場にあたしを置いて親は行ってしまった。


「あなたが動かないなら私達がここを離れるわ」


そんなことを言ってた気がした。


「(行かないで)」


心で叫んだ言葉は音にならないで消えた。


そのしばらく後、あたしもその場を離れた。


行くあてなんかなかったけどその場所にはいたくなかった。


頭から離れないあの人達の冷たい目から逃げるようにあの人達が行ったのと反対の道を進んだ。


春なのに寒かった。


人に怯えながら暗闇を進んだ。ー







「その時ティキと会ったんだっけ…」


ティキがいなくなった部屋であたしは1人呟いた。


そしてあたしの中の温かい記憶を辿った。







ー「こんな時間に1人で何してんの?お嬢さん」


ふらふら歩いてたら、会った。


警戒してたのに気付かないほど気配がなかった。


びっくりした。逃げようかと思った。


でもその人はあまりにも優しく笑うから、自然に答えてた。


「どっか遠くまで連れてって。もしくは…殺して」


八つ当たりするように願いをぶつけた。


多分あたしは笑ってたと思う。


笑ってそんなことを言ったあたしがおかしかったのか、その人は声をあげて笑った。


あたしは本気だったからちょっとムッとした気がする。


「いいよ。連れてってあげる、遠くまで。俺と一緒においで」


そう言って差し出された手に最初はちょっと戸惑った。


あたしの願いを叶えてくれるなんて思ってなかったから。


でも行くとこもないあたしにこんな美形さんが手を差し出してくれてるのに断る理由なんてないでしょう?


だからあたしはその手をとった。


その後、その人の恋人にまでなるなんて思わなかったけど。ー



あたしは泣いてた。


あたしを拾ってくれる人なんてティキしかいないのに、


あたしはティキじゃなきゃダメなのに…。


諦めちゃダメ…。


だって離れたくないもの。

「追い掛けなきゃ」


立ち上がって走って玄関を出た。


…と勢いよくあたしは誰かにぶつかった。


「おっと…ってどこ行くの、お前…?」


見上げるほどの長身のその人は…


「…ティキ?」


「何…お前…泣いてんの?」


そっと涙を拭ってくれる手は温かい。


「…だって…見捨てられちゃったかと…思った…」


「…ごめんな。俺の言い方が悪かったか。これを買いに行ってただけなんだよ」


そう言って出されたのは…


「鈴蘭…?」


「そう。知らない?5月に鈴蘭を貰うと幸せになれるって言い伝え。この場合は俺がお前を幸せにするって誓いだけど」


「わざわざ買いに行ってくれたの?」


「いつか5月生まれだって言ってただろ?だからその日には鈴蘭をあげたいって思ってたんだ」


「覚えてて、くれたんだ」


「誕生日、おめでとう」


その後あたしは少し鈴蘭の香りが漂うティキに抱き締められて少し泣いた後、笑って「ありがとう」と言うのだった。







淡く微かな香りを放つ鈴蘭。

花言葉は、

『幸福の再来』




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