短編小説
□短々編集
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心臓が跳ねたことは、絶対に知られちゃいけない。
「出来た…!」
思わず口元が弛む。
我ながら、愛らしい出来映え。
お店で売られているほど綺麗じゃないけど、それでも形は整った苺を乗せたミニタルト。
一生懸命な気持ちだけは、充分伝わると思う。
付き合い始めたばかりの優しい彼氏さんはきっと喜んでくれる。
あとは丁寧にラッピングするだけだった。
「何お前らしくないことしてんの?」
「煩いな、ティキは黙ってて。これでも愛しい彼のために必死なの!」
後ろから覗き込む「家族」をあしらって、完成品を包むための透明なビニールに手を伸ばす。
その手を阻んで、ティキは凡そティキには似付かわしくない苺タルトをその口に押し込んだ。
「…え?」
今起きたことが信じられずにポカンとティキを見上げる。
ティキは丁寧に自分の指に付いたクリームを舐めとって鮮やかに笑った。
「いま、何、したの…?」
「何って、俺のためのだろ?」
悪怯れもせず、当たり前のことを言うように。
「しおらしいよな、わざわざ手作りだなんて」
くつくつと、喉の奥を鳴らす。
それは嘲笑に聞こえて、腹が立った。
「ティキの、ティキの馬鹿!ティキにもちゃんとあげるけど、それは彼にあげる特別なやつだったの!」
逆上した私の声なんて軽く聞き流したティキは、静かに、けれど強く私の両手首を掴む。
流れるようなその所作に反抗のタイミングを見付けられず、気付いた時にはキッチンの壁に押し付けられて動けない。
「嘘吐きだな、本当はあんな男より俺の方が好きなくせに」
ティキの声がとても近くで聞こえる。
そんなはずない。確かに私は彼のことを大切に思ってる。思っている、はず。
「図星、なんだろ…?」
「…ふざけないでっ」
強く言えば、手が離れて。
そのまま何も言わず去っていく後ろ姿から慌てて目を逸らした。
材料なら残ってる。もう一度作ればまだ間に合う。
あんな言葉、絶対に認めない。
ドクドクと脈打つ心臓を押さえ付けながら、そう誓った。
ビターカスタード
(そんなはずない、有り得ない)
(それでも、作り直したタルトは最初のよりも歪だった)
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