短編小説
□短々編集
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少し前、出会った日。
確かそう、あの時も満開だった。
私の心なんかとは裏腹に、花は見事に咲き誇っていて、
それが憎らしくもあり、とても羨ましかった。
花は一瞬で散るのに、その間は多くの人に愛される。
まるで私とは正反対で、私もそうなりたくて、なれなくて、悲しかった。
「どうしたんだ」
桜を見上げて呆ける私にティキが話し掛ける。
あの日と変わらない、声。
「なんでもないよ。…ちょっとだけ、追憶、というか懐古してた」
そう言えばティキは微笑んで、私は後ろから抱き締められる。
「何を?」
すぐ耳元で聞こえる声。春風に散る花弁。仄かな香り。
時が巻き戻るような、錯覚。
「ティキが、私を救ってくれた日のこと」
笑って、私のことを否定しないで、抱き上げて連れ出してくれたこと。
いま思えば、私にとっては奇跡みたいな出会いで。
久し振りに触れた人の温度に安堵した。
あれから私は何か変わっただろうか。
分からない。今でも私がナイフを持っているだけでティキは心配するし、大丈夫だよって笑ってみせても大丈夫じゃないときもある。
心の奥の昔の傷も、ふとした瞬間に疼いては私を悲しくさせる。
それでも今は、目を閉じて、ティキの温もりに心を預けた。
考えすぎは良くない。私はこの人に生かされているんだから、生きればいい。
そして、この人が私に構わなくなったらいなくなればいいんだ。
そのとき、きっと私は「淋しい」と感じる。
貴方が世界を壊す瞬間を見れなかったことに対して。貴方の側にいられなくなることに対して。
でも、それまでは貴方のために出来ることを探そう。
少し長く生き過ぎたことへの償いと、居場所をくれた貴方への感謝を込めて。
「おにいさん、私に関わってくれて、ありがとう」
きっと、前よりは自然に笑えているはずだから。
桜の香りと意思表示
(貴方に守られてばかりの私は、それでも貴方の隣で生きたいと思うようになりました)
(伝えたら貴方は、図々しいと哂うのでしょうか)
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