短編小説

□短々編集
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香水と煙草の匂いで満ちた空間

振動も横顔も、すべて好き

会話なんてなくてもいい

ラジオが小さくかかっていて

薄闇で少し眠くなるような心地好さが、好き





ティキの、特に行き先を聞かないところとか

無理矢理に話題をつくろうとしないところとか

そういう自然さが落ち着く

理解されてる、感じがする



言葉が欝陶しいわけじゃない

ティキの声も好き

だけど、静寂も嫌いじゃないから

側にいてくれれば良いから



ティキの不快感を与えない運転

ティキと付き合ってからドライブが好きになった

行き先なんてなくてもいい

高速の灯りとか、夜の道の静けさとか

時々こっちを向いて私を気に掛けてくれるティキがいることが、うれしくて



「あ、これ…」

「どうした?」

「好きな曲。きれいなの」



ステレオから流れるのは、愛らしくて、でも儚くて、透き通った声

素直な言葉と、想いの深さと

胸の奥に直接ひびく、彼女の歌



「…ティキ」

「ん?」

「好き、だよ」



何の見返りも求めずに言えるから

真っ直ぐに、伝えていたいと思うから

ティキを見ればいつも通りに優しく笑ってくれていて

流れるように車を道の端に寄せ、夜に隠れてキスをした



許可をとるように一度やわらかく触れて、次は深く

ラジオの音なんて聞いていられる余裕がなくて、ただ息の洩れる音と自分の心音だけ妙に近い

ゆっくりと溶かすようなキスは次第に私を追い詰めて思考を鎖す

きっとここはもう、二人だけの世界で

「愛してるよ」

そんな言葉を聞きながら、私はこの空間と彼に溺れていくのだ






闇に溶けるように

(このまま、ぜんぶ奪われても構わない)
(二人で遠く消えてしまおう)



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