短編小説

□短々編集
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肌寒さに気付いてゆっくりと目を開けば、白い布と自分の手が目に入った。


それでもまだ覚醒しきれずに一つ寝返りを打って、漸く小さな違和感に気付く。


壁の色、或いは布の感触、それから嗅ぎ慣れた、でも自分の部屋のベッドからは香らない香り。


それらに少しずつ頭が働きだして、ぼんやりと記憶を再生する。


状況が分かって部屋を見渡せば、背広に腕を通すティキが目に入った。



「起こしちまった、か…?」


体を起こせば衣擦れの音がして、それに気付いた彼が振り返る。


申し訳なさそうに眉を下げて、スーツの衣擦れの音が近付く。


ぼんやりとした頭のままで慌てて首を横に振れば、笑ってふんわりと抱き締められた。



「ティキ…?」


「んー…」


「お仕事?」


「ちょっとな」



擦り寄る黒髪がくすぐったい。


シャツからは煙草の匂いがした。



「鍵、」


「うん?」


「渡しておくから、帰る時ポストの中に入れて。好きなだけここに居て良いから」


「うん、ありがとう」



不慣れな状況に、小さく胸が高鳴った。


彼の部屋なのに任されるなんて、何だか彼の「特別」みたいだ。



「…それと、さ」


「なに?」


「いや、なんか、不便だから、近いうちに作ろうな、合鍵」



ぎゅうっと、彼の腕に籠もる力が強くなった。


彼の顔は見えない。でも少しだけ赤い気がするのは、やっぱり気のせいかもしれないけど。


私の心臓も、今度は「小さく」じゃ済まなくて。


もしかしたら彼に聞こえたかもしれないと思うくらい、どきりと、した。



「…うん」


小さく頷いた私の髪を撫でる手が、酷く優しかった。





通勤前の10分間

(どうしようもなく穏やかで)
(いとおしい、時間)


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