短編小説

□短々編集
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ゆるやかに溶かして
あまやかに混ぜて
想いを閉じ込めて型へ

そんなのは、きっと
自分のための



くるくると、ボウルの中身をかきまぜながら溜め息。
隣を見遣れば薄紅の頬をした小さな女の子。
彼女はお世話になっている下宿の娘で、目をきらきらと輝かせてはあたしにティキの話をする。
一目瞭然、あんなビン底メガネに幼い憧れを抱いているわけだ。
季節は冬の終盤。2月の最中。
どうやらあたしが話して聞かせたろくでもない甘い行事に、一大決心と共に参加することにしたらしい。
「お菓子作り、教えてほしいの」
大きい目であたしを見上げてお願いしたりするものだから、無下に断ることも出来ないまま今こうして一緒にキッチンに立っている。
はぁ、17回目の溜め息。

「うちの子が迷惑をかけてごめんなさいね」
「いえいえ、こちらこそキッチン借りちゃって」
人好きのする笑顔で言う奥さんに頭を下げると、ママは向こう行ってて、と頬を膨らます彼女。
ひたすら愛らしい姿が少し胸を刺すのはきっと気のせいじゃない。
あたしも随分幼いなと苦笑した。
ハートの型に生地を流して、あとはオーブンに頼むだけ。
苦戦する彼女を手伝ってラッピングの用意をしなくては。
いくつもの箱、鮮やかなリボン。
モモとクロックとイーズ、あと下宿でお世話になっている方の分、それから、一つだけ色の違う箱。
あまりにあからさまで、わざとらしくて、でもそうでもしないと後で拗ねられてしまいそうだから。
…嘘。本当はきっと、あたしの独占欲の表れ。
それでもきっと、きちんと分かっていて欲しいのだ。あたしの特別は彼で、あたしも彼の特別でありたいということ。
鈍い音が途絶えて、香ばしくて甘い匂いがした。

帰って着替えたティキに抱き着くのは柔らかい茶色の髪の少女。
彼がその頭に手を乗せて笑うものだから、あたしはそっと目を逸らす。
ねぇね、渡したいものがあるの、何だと思う?
すました言葉には不似合いなほどの弾んだ声と輝く目。
ティキが答えるよりも前に痺れを切らした少女がぱたぱたと走ってキッチンに向かう。
あたしの方に笑いかけたティキに返した微笑は多分ぎこちない。

夕食も済んで部屋に戻った皆にあたしもおずおずと包みを取り出して届けに向かう。
嬉しそうに笑ったティキ、顔を真っ赤にした少女、その光景が小さな痛みと一緒に脳裏に焼き付いたままだ。
あの子のよりは少しばかりよく出来たお菓子は愛らしさでは劣る。
「あれ、ティキいないの?」
「てっきりお前の部屋かと思ってたけどいねェの?」
「わかんない、戻ってみる」
「おう。あ、これありがとな」
気の好い仲間の笑顔にちょっとだけ励まされて自室に戻る。
何はともあれ、今日は女である以上は大事な日なのだ。

「ティキ、いるの?」
ドアを開けるとあたしのベッドに座るティキの姿。
少し安心して足を進めれば、ぐっと手首を掴んで引き寄せられる。
気付けばすっかりティキの膝の上。にやりと笑う彼が口を開く。
「今日は随分しおらしいんだな」
甘やかすように髪を撫でて、それだけで跳ねる心音が馬鹿みたい。
あの子にだって同じ風にしてたのを見たばかりだというくせに。
「あたしもティキが好きなのに」
胸に顔を埋める。いつもの煙草の匂いがした。
ティキの笑う音が聞こえて、あたしはゆっくり顔を上げる。
「そのわりにはまだ何ももらってねェけど…?」
厚いレンズの奥の悪戯な目と目が合った。
あたしの唇をなぞって、俺にはくれねェの、とわざとらしく囁く。
「そんなに簡単にはあげない」
何だか悔しくてそう言い捨てると、簡単に唇を奪われる。
「聞かせてくれよ、もっと、愛してるって」
お返しなら幾らでも、お前が満足するまで存分にやるから。
耳元で告げるティキの声は甘い。
思わずくらくらして、魅了されたようにあたしは言葉を紡ぐ。
「…好き、好きよ、愛してる」
ティキは満足そうに笑って、もう一度深く口付けが下る。
あたしはそれに簡単に満たされて委ねるように目を閉じた。



ねぇ、お願い
想いが伝わったなら
あたしのことだけ見ていて




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