短編小説

□短々編集
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砂上


ほら、止まるなよ、って
彼が言った



ただずっと真っ直ぐで
目印になるものも無くて
色も褪せた、現実味の薄い
そういう道だけが在って

あたしの足は疲れてて
腕には大きな傷があって
洋服だってボロボロで
すごく寒くて惨めだ

何もないはずなのに沢山に躓く
先を歩く彼はどんどんと前へ
あたしは小さく泣き出す
恐くて辛くて仕方ない


「もう、無理…」
靴が片方脱げて、あたしはでこぼこの地面にしゃがみ込んだ
空気が喉に引っ掛かって、途切れ途切れに嗚咽が零れる
「もう嫌なの…っ」
早く早く、悪夢なら覚めて
そういう考えばかりが浮かんで頭を埋めて、何も整理が出来ない

「どうしたんだ」
振り返った彼が困った顔をしてあたしの方へ数歩戻る
脱げた靴を拾って叩いて、あたしの足の先に嵌めた
ほら、そう言って差し出された手を、あたしは無骨に拒絶する

「頑張ろう、な?」
頬を汚した涙を指で拭って、宥めるみたいに彼は額にキスする
あたしはそれでも不安なままで、少しも泣き止めない
「こんな中で、どうやって頑張れっていうの!?」
そう言いかけて、止めた
代わりに彼のシャツをきつく掴んだ
彼の体温がじわじわ伝わって、ああ、生きてる、と思う
「一緒に歩くから」
先が見えなくても、一人になんてしないから
彼があたしの体を支えて、あたしを立ち上がらせる
しっかり手を握って、彼はまた前へ進み出す


あたしは、握られた手に力を入れた
足は疲れてて、腕には傷があって
だけど一歩、彼の方へ歩いた



(いつかきっと、平穏が)


END
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