短編小説

□短々編集
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こんなことなら外に出掛ければよかっただろうか、と重い頭で思う。
大分過ごしやすい気候になってきた。
特に何をするわけでもなくても、咲き始めた花を二人で眺めて心地よい風に当たりながら過ごしたら、彼女にこんな顔をさせずに済んだかもしれない。
柔らかい色の彼女のスカートは、きっと今日の天気によく似合っただろう。

彼女の髪が好きだ。驚くほど冷たくて、でも抱き合えば熱くなる指先も、形のいい額も、俺のことを呼ぶ声も、切なく零れていく涙の色すら、全てが愛しくて恋しい。
一つ一つ思い出すように「」を見つめていると胸の奥が詰まって、どうしようもない感情に襲われる。
この腕の中に彼女を閉じ込めたい。彼女の何もかも奪って、息の根さえ止めてしまいたい。
そうする以外で、どうしたら彼女を愛せるだろう。

彼女の今にも泣き出しそうな瞳を覚えてる。
震える声で、俺のことが好きだと言った。
その懸命な姿を思い出す度、当時と同じだけの確かさで、この世界で一番大切にしなければという気になる。
彼女を愛することは簡単だった。近くにいれば、愛さずにいることはできなかった。
だからこそあの時、安易に彼女を抱き締めたことを後悔している。
簡単に壊れるからこそ愛しいと思う人間を、いずれは自分の前から消えていくものとして捉えてきたものを、自分の隣に置き続けたいと願うのは、俺にとっては大きな矛盾だ。
いつでも手を離せると思っていた。こんな状況になるなんて、考えてもみなかった。
いや、それさえも嘘だ。
彼女の想いを知ったときに、またはそれよりもずっと前、彼女を初めて目にしたときから、触れたら終わりと分かっていた。
いつからか彼女は、俺の一部だった。

それでも今、彼女を突き放せば、これまでの生き方が待ってる。
過去も未来もない、その時の快楽だけに則って、生死にもさほど構わず、生きていける。
それだけが、俺の選び取れる道だ。
それを選ばないとしたら、彼女の手を離さないとしたら、もう行き先はないのだから。

重いままの頭を向けて見つめた先で彼女が笑う。
寂しそうに、苦しそうに、愛しそうに、いとおしそうに。
泣かないでほしい、泣かせたくない。
そう思えば思うほど、言葉は喉に引っ掛かって、体は動き方を忘れて、もう触れられない。
何度繰り返しても、必ずここで止まってしまう。
引き延ばす策も知らないまま、その時に怯えて、馬鹿な空想ばかり繰り返している。


二人で朽ちるまでこのままこうしていようか

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