現世と常世

□ちっちゃい手
1ページ/1ページ














これは、私が小学4年生のお盆にあった本当の話です。























「…あづ」





住職を迎えに家族で寺へ行った時のことで…この日は、その年の中でも1、2位を争うくらい夜でも熱く蒸す嫌な日でした。

それに、私はこの寺がどうにも好きにはなれませんでした。墓地を通って寺へ行かねばならないのですが、通るたびに必ず誰かに呼び止められる気がしてならないのです。

だけど、足を止めると声は聞こえなくなる…そんな不気味な寺なのです。


「やだなぁ…」


前を走る兄弟の背を見ながらボヤきながら歩く私。


「早くしろよ〜!」

先を行く兄弟の急かし呼ぶ声に、渋々走り出したとき…





くんっ






…と、首にかけた紐のお守りが引っ張られたのですよ。


周りには、丁度私の背丈くらいの木がたくさんあったので、最初は木に引っ掛けたのかと思ったのです。

でも、動かしていないのに紐は何度もくんっ、くんっ、と引っ張られるのです。


「ちょっと、いい加減にしなよ…」


だから、イタズラ好きの弟の仕業だと思ったのですよ。





ですが…









「…あれ」



さっき、私の前を兄は歩いていった。














最初、私の前を走っていったのは…弟。


じゃあ…











































そう、思った瞬間。




「ぐっ!?」


紐は思いっきり後ろに引っ張られた。グッと、紐が首に絡まる瞬間。私自身、紐を引っ張っていたため、首と紐の間に指が挟まった。


「う、ぁ…!」


ギリギリ、と子どもでは絶対に適いっこない力。前を歩いていた兄弟も私の様子に気づいて走って戻ってくるのが足音で分りましたが…それよりも先に首を引き千切ってやると言わんばかりの勢いで更に強く紐が引っ張られました。






もう、だめだ。


正直そう思いましたよ。もう首が千切れ飛んでスプラッタな映像になるのではないか…本当に肝を冷やしました。


だけど、首が千切れる代わりに守り袋の紐が千切れたのです。

一気に圧迫感と引っ張られていた感覚はなくなり、私は石畳に膝をついて首を押さえて、自分の首が繋がっているかを思わず確かめました。


「ねえやん!!」

「大丈夫!?」


目の前で顔を真っ青にした兄と弟の姿。

何だかその姿にほっとして苦笑した私に2人は私の手をとって急に寺とは逆方向の墓地の外へ走り出したのです。


「ちょ、な…?」

もちろん、私には訳がわかりませんでしたが…墓地を抜けたいのは私も同じでしたので大人しく引っ張られていきました。

墓地を出たら兄に首と肩を思い切り叩かれ、弟は弟で我慢の糸が切れたみたいで、火が点いたように泣き出して…肩は痛いわ、耳は痛いわ、首は更に痛い…と、痛い続きで訳が分りませんでした。

弟は泣きながら私の首を指差して言ったのです。






「ちっちゃい手、紐はなさなかった」


舌ったらずの小さな弟の言葉に、私の背は粟立ちました。兄を見上げれば、細まっていた兄の目にはかすかに涙が滲んでいました。







































































もう、私たち兄弟はいくら親に頼まれようと、小遣いを貰えようと…あの墓地は通りません。


通りたいとも思いません。


あの小さな手は…もしかしたら今でも…




誰かを……






待っているのかもしれないから…























これにて、終いの金比羅さん。







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ