サブウェイマスター 2

□さよなら、愛しのSweetheart 第4話
1ページ/2ページ






翌日、私は普段着ている着物を隅に押しやり、
クローゼットから服を取り出した。

着物の方がよいかと悩んだが、
動きやすい方がよいと思ったので、
普通の服。

薄い水色のワンピースを身にまとうと、
玄関に急いだ。

そこには普段の和服姿とは違う、
普通の服を着たノボリ様の姿。


「おはようございます、なぎさ」

「おはようございます、ノボリ様」


頭を深々と下げ、挨拶をする。


「では、参りましょうか」


柔らかく微笑むノボリ様に、
私も気を緩めて微笑んだ。


ノボリ様はGパンと黒いTシャツに身を包んでいる。

珍しいノボリ様の姿に、少しだけ戸惑う。



「はい」



そんな戸惑いを隠すように、
私は頷くと同時に、俯いて歩きだした。









足元ってこんなに狭く感じる。

カーテンを閉めた部屋に、
少しばかりの日が照らされているよう。

少し前を歩いているノボリ様の影が、
丁度私の前にくる。

ノボリ様は何かを話しているけれど、
全く頭に入ってこない。



「…なぎさ?」

「あ、すみません」


どこへ向かわれるのだろう。

私はどうして連れ出されたのだろう。

そんな疑問ばかりが、
頭の中でぐるぐる廻っている。

答えが見つからなくて、
聞こうと思っても、聞いていいのかって、
そんな事を考えるループ。


「…なぎさ」

「はい」


ノボリ様は立ち止って、私を見た。

私も距離を置いて立ち止った。


「私はあなたに、
 そんな顔をしてほしい訳ではないのですよ」

「…ですが」

「今、あなたは使用人ではなく、
 ただの女性です。わかりますか?」

「…はい」


でも。


「では好きな事を言ってください」


そんなのないんです。


「何でも、今日はあなたの我が侭を聞きます」


どうして。



「ノボリ様はどうして…」


私を甘やかすのですか?
そう尋ねようとしたら、ノボリ様は
距離を詰めて、私の唇に人差し指を当てた。


「今は【ノボリ様】は禁止です。
 使用人ではないのですから」

「…じゃあ、なんて呼べば…」

「ノボリ、でいいですよ」

「!? そ、そんな恐れ多いです!!」

「では、【さん】付けでも
 なんでもしてくださいまし。
 なぎさの呼びやすい呼び方でどうぞ」


私の優しく微笑むノボリ様。

どうして。



「…では、どこに行きますか?
 実は言うとどこに行くか、
 決めていないんですよ」

「はい」

「だから、決めてください」

「……ぅ」

「好きな所でいいですからね?」

「じゃ、じゃあ」


ずいぶん昔、母親に手を引かれて
連れていかれた場所。

もう薄ぼんやりにしか思い出せない場所だけど。


「庭園…。季節の花の、庭園に、
 行きたい、です……」


ぼそぼそと自分の希望を言う私は、
なんだか情けない。

御主人が好きにしていいと言ってるのに、
遠慮してしまう私は、性分なのだろうか。


「わかりました。行きましょう」


ノボリ様が私の手を握る。

優しく繋がれた手は、ほんのり温かくて。


「はい」


さっき聞き損ねた言葉は、後ででも良い。

今はノボリ様の温もりを感じていたい。
そう思ったのです。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ