TRIGUN(NV)

□水底の唄 第2話
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 その集団は、五台のバギーでやって来た。銃の威嚇に車を止め、中から出て来たのは五十人程の男女だった。定員オーバーは明らかで、中の環境は劣悪だったのだろう。誰もが疲れきった表情をしており、栄養不良の為か足下がフラフラと揺れて覚束無かった。
 だが、ジュライの周囲に設置された警備員は、彼らの無残な姿に向かって、無慈悲な警告を放った。
「出ていけ!」
「ここは立ち入り禁止区域だっ! 許可無くして立ち入る者は、断固処罰するっ!」
 手に握られた銃は安全装置が解除され、いつでも相手に発砲出来る状態になっていた。
「…ここは…何だよ…」
 乾いて掠れた声が、集団から上がる。
「何なんだよ…こんなトコで何やってんだよ…っ!」
「こんなモノ作りやがって…グリーンなんぞ、役にも立たねーモノにプラント使いやがって…っ!」
「食い物を作らせろっ!水をよこせっ!」
 成長途中の木は、未だ全てのプラントを多い尽くせる程には生い茂っていない。巨大なガラス面が太陽の光を反射する様は、遠くからでも見えただろう。
 悲哀交々の声に、女のすすり泣きが加わった。
「子供がいるんですっ!この子だけでも、この子だけでも、中に入れてっ!」
 だが、警備員は難民の嘆きに眉一つ微動だにさせず、それどころか、彼らは銃を目の位置に抱え、照準をぴたりと眼前の人々に合わせた。それに、人々の間に動揺が巻き起こる。
「もう一度警告する。さっさと立ち去れ。この一帯は、政府の特別研究機関により運営され、一般民間人の立ち入りは堅く禁じられている」
 立ちどころに、人々の間から怒号が上がった。
「馬鹿な事を言ってないで、さっさと俺たちを入れろっ!」
「政府機関なら、法に従えっ!第十三条に『全ての政府機構は人命を守る事を第一の法と為す』とあるぞっ!」
「同じ人間だろうがっ!お題目唱えてないで、俺たちを中に入れろっ!」
「俺たちは、死にかけているんだぞっ! 」
 怒号は悲鳴にまで高まって行く。彼ら難民にとって、プラントを失い、土地を失った事は、即ち死刑の宣告を受けたも同然だ。長い放浪の末に、この奇跡のような楽園に辿り着いたものの、そこで残酷にも拒絶をされるとは!
 この難民の一人として、この一月間、腹の膨れるほど食べた者も、溢れる程の水を飲んだ者もいない。ここで諦められるはずが無かった。
「何をしている」
 凛とした声に鞭打たれ、人々の顔が一斉に同じ方向を向く。怒りと悲哀に歪んでいた彼らの表情が、まず驚愕に変わり、そして幾人かは恥じらいながら面を伏せた。埃と垢と汗に塗れた自分たちの姿を恥じたのだ。
 日の光に輝き白銀の光彩を放つ髪。強い日差しに爛れぬ白い肌。サファイアを溶かし込んだような深い青の瞳。完成された四肢をスペーススーツで装ったナイブズは、清冽さと威厳を体言していた。
 彼の登場とほぼ同時に、警備員たちは一斉に銃口を上に上げ、銃身を捧げ持つと、素早く敬礼を取った。その目は直接ナイブズを見ることなく、天を仰ぎ見た。ナイブズを神と信奉する余り、彼の姿を直接見る事を自ら禁じていたからだ。
 銃口が逸らされた事から、避難民の間に安堵の気配が漂った。そして、何人かがグループの輪から離れ、ナイブズに近寄った。
「お願いです…お慈悲を…っ」
「私はいいんですっ、この子だけでも…っ!!」
「離れろっ!」
「何をするっ!!」
 途端に、警備員が威嚇する。だが、彼らには恫喝以外何も出来ない。難民に銃を向ける事は、即ちナイブズに銃を向けるのと同じ事だ。そんな不敬は考えただけで恐ろしい。すっかり無力となった彼らは、大上段に構えていた先刻とは逆に、恐怖でその背をガクガクと震らせていた。
「…あなたが責任者ですか?」
 集団から一歩前に進み出たのは、難民たちのリーダー役だった。恐る恐るといった雰囲気で問いかける彼に、ナイブズは流麗な眉を顰めた。
「お会い出来て光栄です」
 指し出された手に、ナイブズは何の反応も見せなかった。それに、少なからずリーダーは気分を害した。
 両者の間には、まるでぶ厚いガラスがはめ込まれているかの様だった。だが、男は不快感と不安感を押し殺し、ナイブズに笑みを投げかけた。
「ここに居る者は、アバマ・シティの住人です。…住人だったと、言うべきでしょう。町はシティの機能を失ってしまいました。三基在ったプラントが、原因不明の事故で死滅してしまったのです。アバマはサンドスチームの航路から外れていましたし、救援の要請に応えてくれる所も在りません。我々はシティを放棄し、延々と旅を続けました。鳥を離し、飛ぶ方向に進み続け、そして、ここに到ったのです。我々はここに移住を希望します。人命保護の為に、どうか寛大な処置をお願いします」
 一気に口上を述べると、リーダーは腰を折り、頭を深く下げた。
「頼む、俺たちをここに置いてくれ」
「下働きだって何だってします。だから、お願いします。私たちを見捨てないで下さいっ!」
「ここには、こんなに沢山プラントが有るんだ…。一基だけでも割り当ててくれたら、俺たち全員が助かるんだっ」
 クッとナイブズは口の端を歪めた。
「このプラントは、人間を生かす為に在るわけじゃ無い」
「------!?」
「出て行け。毒を撒き散らすな」
「何だとっ!」
 顔面を怒りの朱に染めた男が、激昂しながらナイブズに掴み掛かった。だが、ナイブズは微動だにせず、無慈悲で冷たい視線を男に投げかける。その視線だけで男は動きを止めた。と思う間もなく、カクリとその場にしゃがみこんでしまった。
「あ…あなた…?」
 男の妻が群れの中から飛び出し、男の背にしがみつくと左右に揺すった。だが、男は目を見開いたまま凍りつき、妻の呼びかけに何の反応も返さなかった。
「あなた、あなたっ!…あなたぁっ!」
 半狂乱になりながら呼びかける女を、ナイブズは腐肉に群がる蛆を見るような嫌悪に満ちた目で見た。
「ちくしょうっ!貴様、何しやがったっ!」
 集団の後ろの方にいた二十代前半の男が、懐から一丁の銃を取り出した。たちまち、悲鳴が上がる。
「ナイブズ様っ!」
 その時、慌てて銃を構えようとする警備員のみならず、難民たちも凍りついた。ナイブズの発する、圧倒的な気の奔流に。
「銃を持てば、自分が優位だとでも思っているのか?」
 ナイブズは、酷く楽しげな笑みを浮かべた。
「俺を、そんなもので滅ぼせる存在だと、思っているのか?」
 ナイブズの視線を真正面から見たその男は、その瞬間、己の体に幾筋もの縦線が引かれたような感覚に襲われた。引き金に掛けられた指が、ブルブルと震えた。人差し指を手前に引けば、体に刻み付けられた切れ目が左右に引っ張られ、自分は瞬時にスライスされた肉片に変わるだろう…。勿論、それは錯覚に違いない…。だが…。
「優位を信じるなら、お前の全存在を賭けてみろ」
 ナイブズは、左手をゆっくりと上げた。
「やめろっ!ナイブズっ!」
 それは、一瞬にして起こった。
 男とナイブズの間に、ヴァッシュは飛び込んだ。ナイブズの顔が驚愕に歪む。ヴァッシュはナイブズをがっちりと抱き締め、両腕を拘束した。
 ナイブズの注意はヴァッシュに逸れ、男の膠着していた意識は解き放たれた。
 銃声が響いた。
 ヴァッシュの左肩が、銃弾で弾けた。ヴァッシュの背が大きく弓を描き、苦痛の声が唇を割った。反動でヴァッシュの指先がナイブズの両腕にめり込む。
「------ッシュッッ!」
 それでも、両腕は離れない。拘束されて動かない腕で、ナイブズはヴァッシュの体を支えようとした。
「…や…」
 苦痛に掠れた声が上がる。
「やめて…くれ…」
 肩に掛かる息は荒い。だが、ヴァッシュは手の力を緩めようとはしない。
「…やめてくれ、ナイブズ…。約束を…」
「ヴァ…ッシュ…」
「…約束した…だから僕は…」
 人間を殺さなければ、ナイブズと生きていける。
 だから、殺さないで…。
 僕は…君と居たいんだ…ナイブズ…。
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