TRIGUN(NV)

□水底の唄 第1話
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 今夜も、空には五つの月が上がり、大地を乳白色に染め上げていた。
 強烈な潮汐力が風を呼び、砂が動く。流れる砂が堅い岩の上に複雑な紋様を刻んで行く。それは、幾千万単位の年月を繰り返してきた、星の営みだ。風の唸りの中に交じり、時折、砂蟲の互いを呼びあう声が、遠雷のように空気を震わせる。それ以外に生き物の動く気配は無い。
 この星は、地表の全てが岩と砂で覆われていた。水は有ったが、二つの太陽が放射する強烈な光と熱は、海を保有するのを許さなかった。水は地中深くを流れ、生き物は細々と生命を営む事が出来た。
 一五〇年前、この星に初めて人類は降り立った。数多のシップを駆り出し、宇宙を遥々旅して来た彼らは、不毛の星を第二の『地球』に変える魔法・プラントを大量に携えていた。それらは、希薄な大気に酸素を与え、砂の地表に水流れる川を作り出す。時経てば、青い空には鳥が飛び、緑の園には動物が草を食み、人間が笑い合って暮らして行ける楽園となる筈の…。
 現在、この星に存在する人間は、推定で57万人。9千万人居た乗客の内、星に降り立てたのはほんの僅かだ。残りは、後に大墜落と称される最悪の事故の為に全て死亡した。
 大墜落は、多くのプラントをも巻き添えにした。
 人類がこの星に降り立ってから一五〇年。だが、未だこの星には緑の森は見えない。地表は岩と砂に覆われたまま、川と名のつく水も大地を流れる事なく現在に至る。
 砂と岩ばかりが続く大地に、光の中でもぽっかりと昏い闇を織り成す地域が有った。
 巨大な窪地だった。直径およそ40q。楕円形に似た形のそこは、空中から見下ろせば涙の滴のように見えるだろう。最深部の標高は、周囲の堅い岩石層よりも30mも低い。ここが地球であったならば、遠大な湖となっただろう。
 風が吹く。その風は穏やかな水の気と、緑の芳香をはらんでいた。
 夜の光の下、昏い闇として映し出されたそれらは、昼の日差しであれば葉が折り重なる緑の色を映し出す。そこは今、この星では有り得ない、緑によって満たされていた。
 大地に吹き付ける強い風に木々の枝がしなり、葉が擦れ合い、ザワザワと大きく音を立てた。だが、一本たりとも風に幹を倒される事は無かった。木が大地にしっかりと深く根差しているからだ。
 不毛の大地に忽然と開かれた巨大な森。それは、政府の厳重な管理の元、人工的に作り出されたものだ。プロジェクトSEEDSが立案されてから百五十年、人間がこの星に降りてから初めて、テラフォーミング〈地球化〉が実行されたのだ。
 森の中には大小様々なプラント合計32基配置され、その全てが肥沃化のみにプログラミングされていた。樹木は極端な温度変化にも適応出来るよう品種改良を施されている。地中には砂の惑星(連邦政府が発足してから百年余が過ぎ、世代も第5世代目に変わった今も、この星には未だ名が無い)の先住生命に悪影響を施さないよう厳選されたバクテリアが散布され、砂を分解し、徐々に土へと変えている。
 美しく豊かな緑の土地は、見る者全てに未来への希望を与えるだろう。ここは正に楽園だった。
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