一通り見渡した神田は、呼び出した本人が未だ訪れていないことを知り、噴水の縁へ腰をおろして待つことにした。それから五分と経たない内に相手が現れ、予想していた通りの言葉を告げると、言いたいことだけを言って、その場から逃げるように立ち去った。
残された神田は、半ば放心状態にでもあるかのように動かず、たった今言われた言葉がぐるぐると頭の中を廻っていた。
―――アノ女ハ今、ナント言ッタ?
―――ソウダ、
―――『神田くんてきっと、誰も本気で好きになったことなんてないし、愛されたこと、ないんじゃない?』
―――ソウ言ッタ。愛サレタコトガ、ナイノダト。
―――愛サレタコトガ、ナイ………!何故、ドウシテ?!
―――アノ女ガソンナコト、知ッテイルハズガナイ!愛サレタコトガナイナドト!昨日今日逢ッタバカリノ奴ニ、ソンナコト解ルハズガナイ!!
―――ナノニ、ドウシテ……。
「…っ、」
本気で誰かを好きになったことがないのではないか、というのは幾度となく言われてきたことだった。だからそれは、大したことではなかった。けれど、誰にも愛されたことがないのではないか、とは、はじめて言われた。
高校へ進学することになり、色んな柵から逃れるように一人暮らしをはじめた神田は、自分が今まで置かれてきた環境や境遇に関するあれこれは、一切見ないようにし、また一切見せないようにしてきた。故に、神田の通う高校で神田の事情を詳しく知っているのは、幼馴染みのリナリーのみのはずだった。
なのに何故、という疑問と焦燥のようなものが入り交じり、神田は軽くパニックに陥った。
この二年間、思い出さないように、忘れるようにと必死に努力をしてきた。何かを得るため、また、己に欠けた部分を補うためであるかのように、好きでもない相手と付き合ったりもしてきた。
それで何かが得られたのかと言えば、答は否だった。来る者拒まず去る者追わずの現状は、神田に何ももたらしてはくれず、ただ、虚しさだけがいつも残った。それでもそのスタンスを変えることが出来なかったのは、神田の弱さだったのだろう。
幾分落ち着きを取り戻した頭でぼんやりとそんなことを考えていると、ふいにあの、皆に好かれ、いつも沢山の人間たちに囲まれている友人を思い出した。
「ラビ…」
彼ならきっと、こんな虚しさを感じたこともないのだろう。
処世術に長け友人も多い彼は、いつでも皆に愛されている。それを羨ましいと思ったことは一度もないと言ったら、嘘になる。それどころか、いつだって憧れていたし、疑問でもあった。
愛されるというのは、どういう感覚なのかと。
それを口に出して実際に聞いてみたことはないけれど、いつか知りたいと思っていた。そして、愛するとはどういうことなのかも、彼なら知っている気がした。
太陽のように輝き、暖かな彼ならば。