幸運の杖

□ありがとう
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「1月の湖の畔はやっぱり肌寒いな……」



季節は冬。
ラティウムがいくら温暖な気候とはいえ、冬が寒くないというわけではない。
当然、防寒対策としてマフラーや手袋をしている生徒もいる。



「……それにしても遅いですね」



彼女から呼び出しときながら自分が遅れるなんて珍しい。


息を吐けば白い息が口から零れる。
迎えにでも行こうか、そう思ったとき、走ってくる足音が……



「エスト!待たせてごめんなさい」



息を切らして現れたルルの腕には大きな紙袋が抱えられていた。



「急用とは一体何ですか?」



早速、呼び出した理由を聞いてみるとルルは息を調えてから、バッと紙袋を僕の目の前に出して



「Happy Birthday!エスト」



花のような笑顔で言うものだから、僕は呆気にとられてしまった。





「……え」



やっと出てきた声はすごく間抜けなもの。


……そういえば今日は僕の誕生日でしたっけ。


呆けたままの僕にルルは早く受け取ってと言わんばかりに紙袋を前へつき出す。



「……ありがとうございます」



「開けてみて!」



言われた通りゆっくり紙袋を開くと中には白のマフラーが入っていた。


所々解れや穴がある。
もしかして……



「手編み、ですか?」



ルルが照れ臭そうに目を伏せるところを見ると、どうやら図星のようだ。



「本当は綺麗に完成する予定だったのよ。
でも、やっぱり初めてだと上手くいかなくて不恰好になっちゃって……」



コツンと自分の頭を叩くルルの仕草が可愛くて不覚にも胸が高鳴る。
でも、そんな彼女に僕は違和感を覚える。



「手袋……」



「え……あっ!」



慌てて手を後ろへ隠そうとしたけど、僕がそれより速くをルルの手を掴んだ。



いつもは僕がいくら言っても着けたくないの一点張りなのに、どうして急に……



「ほ、ほら!エストっていつも『寒いから手袋してください』って言うじゃない。
今日はエストのお誕生日だし、たまにはいいかなって」



あはは……と渇いた笑いをするあたり、絶対何か隠していますね。


確信を付くため、僕はルルの手袋を素早く外した。



「エスト!」
「……っ」



ルルの叫びと僕の悲痛な声が漏れたのはほぼ同時。

手袋に被われていたルルの手は豆で痛々しく赤くなっていた。



これを隠したかったんですね……

この手を見ていると自然と脳裏に一生懸命マフラーを編んでいるルルの姿が浮かび上がってきます。

きっと不器用な彼女のことですから、寝る間も惜しんで作ってくれたんでしょうね。




そう思うと、この手がとても愛おしく想える。

僕は掴んでいたルルの手の甲にそっと唇を寄せた。
まるで王子が姫に契りを交わすような優しいキスを。



「エ、エスト……っ」



「僕から頑張った貴女へのご褒美です」



「エストのお誕生日なのに私が貰うなんて変だわ」



むくれっ面でも頬を紅くしながでは説得力がありませんよ。



「僕はルルから数えきれないほどのプレゼントを貰っているんです。
これくらいはさせてください」



そう、本当に数えきれないほどのものを……ね。


「いいでしょ?」と笑顔で言えばルルはそれ以上は何も言わなかった。



「……冷えてきましたね。
そろそろ寮に戻りましょうか」



僕はさっき貰ったマフラーを取り出すとそっとルルの首へと回す。



「これはエストへのプレゼントなんだから、エストがしなきゃダメよ!」



マフラーを押し返そうとするけど僕がそれを許すはずもなく、やんわりとその手を制す。



「風邪を引かれては困りますからね。
今だけは大人しくしていてください」



「私が風邪を引いたら、エストが看病してくれるんでしょ?」



思わぬ反撃に僕は思わず面食らう。
「違うの?」と哀しそうな目で見つめられれば何も言えなくなってしまう。



……僕はつくづくルルに甘いですね。



「もちろん、看病しますよ。
夜も寝ないでルルが治るまで、ずっと傍にいるつもりです。
だから今は素直にマフラーを巻いててください」



僕の言葉に満足したのかルルは笑顔で頷く。


差し出された手を握り返せばそれ以上の笑顔が返ってくる。
こんな些細なことがとても幸せで、初めて僕は誕生日を祝ってもらえることの喜びを知った。



今度は僕がルルに返す番。


喜んでもらえるかどうかわかりませんが、貴女の誕生日が来たら僕なりの精一杯でルルを祝います。

だから、どうかその日が来るまで変わらず僕の隣で笑っていてください。



……ルル、ありがとう




***fin***

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