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□許された君の特権(13×07)
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「東月…」
屋上庭園で一人、何も言葉にせず椅子に座り込む俺に後ろから声がかかる。
「ぁ……神楽坂君」
振り返った先には正直、予想もしなかった人。
俺個人としてはあまり接点は無かったが、初めて見た時から何処か不思議な空気を放っていた神楽坂君だった。
「元気…ない……大丈夫?」
ゆっくりと近付いて来て俺の座る椅子の隣に何も言わずに座った神楽坂君が、じっ、と赤い瞳で見つめて来て俺は思わず息を飲んだ。
「っ…大丈夫、だよ」
言葉遣いの様にふわふわした雰囲気はそこに無くて、俺を離さない視線がただ痛かった。
ようやく口から出たのは繕ったもの。
せっかく神楽坂君は心配してくれたのに、俺はその気持ちも無下にしてしまった自分にすら情けなく思い黙ってしまった。
「……泣いても…良い」
静かだからか、神楽坂君の声と服同士の擦れる音がよく聞こえた。
「え…?」
次の瞬間、俺は神楽坂君の胸に埋まっていた。
あまりの早業に何が起こったのか分からない中、耳元で甘い声が響く。
「泣きたい時に泣けるのは…、人の特権…。オカンも変わらない……」
彼にとってはただ普通に心配してくれているのかもしれない、けど俺はずっと我慢していた胸に込み上げて来る熱を抑え切れなかった。
「神楽坂、君…」
熱くなり始めたのは瞳も同じ。もう視界は揺らぐ膜に覆われている。
最後にもう一度、申し訳なく思い名前を呼んでみる。
「どうぞ」
けれど、難なく言われてしまい結局俺は完敗した。
瞳から抑えていたものが溢れて来る。
背中を撫でる優しい手はずっと遠い子供の頃に記憶したもので、泣くなんて久しぶりだと思った。
「ありがとう、神楽坂君」
少し赤くなった目を擦りながらお礼を言う。
神楽坂君はあれから俺が泣き止むまでずっと背中を撫で続けてくれた。
「どう…いたしまして?」
今だに抱き寄せられたままの状態では様子を伺えないが、疑問形の神楽坂君はどれだけ俺が救われたのか分かっているのだろうか。
「…月子と不知火先輩が付き合ったのが嫌とかじゃないんだ」
心配して貰っただけでも俺には十分だったんだけど。
「今のあの人なら大丈夫…、って分かってる」
何故か神楽坂君には聞いてもらいたかった。
誰も気付かなかった俺の寂しさに唯一気付き、触れてきた神楽坂君には。
「俺は…寂しいだけなんだ」
"今までみたいにあいつの面倒見てやれなくなる"
さすがにオカンと呼ばれていてもこれを人前で言うのは抵抗があったが、…神楽坂君を前に嘘を付ける人が居るなら教えてほしい。
「俺が…いる」
神楽坂君は少しの間を置いてから俺の両肩を持ち、体を離しながらそう短く言えば目が合った。
泣く前と同じ、赤く離さない力強い視線。
「俺の面倒…、見て……」
神楽坂君にはそういう気は無く、ただ俺を励まそうと思って言ってくれたのだろう。
けど、プロポーズの言葉でも一体何人が言うだろうセリフについ笑いが零れる。
「ははっ、神楽坂君ならあいつより大変そうだな」
その後、俺は泣いた後とは思えないくらい晴れた気持ちだった。
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四季君の声優でいらっしゃる宮野さんのライブに行った際、宮野さんが言った言葉から胸がファッ!となってガッ!と(いかなかったけど)書いた作品。
そしてまだ好き合っていない作品、と書いてから思った。