短編

□ヴォイス
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大地。広大なる母なる大地。

光と水を浴び、風と共に育つ。全てはこの大地の恵みを受け生きてゆく。
それは森に生きる者だけではなく、人間たちもそうだ。地に足を付け、そこから送り込まれる偉大な力で生まれ、そして滅んでゆく。
共存すら出来ないものの、森と人とは互いを浸蝕しあいながら生きていた。

そんな中で、俺は大地の力の元に生まれた。








  † ヴォイス †








凍えるような深い森。人間すら立ち入りたがらない北の境地。
そこの長い冬の終わりに訪れる短い春。俺が生まれたのもそんな頃だった。


「母様、春が来ましたよ」

俺は森一番の大きな老木に話し掛ける。

「短い春です。でもやってきたということは、また今年も大地の恵みを受けられるんですよ」


老木は風に小枝をそよがせた。
俺のように顔があるわけではないけれど、笑っているとわかる。母様も、春が来たのが嬉しいんだ。
母様が喜んでいるのが、俺は自分のことのように嬉しかった。






俺は、この老木から生まれた。

枝先に膨らんだ小さな蕾。これから花を咲かせ実を作り、新たな命になろうとする存在。
それが、俺だった。

どうして人と同じような姿になれたのかはわからない。ただ漠然と、そこに大地の力がはたらいたことだけはわかった。
大地がなにかを思い、俺に動き回れる体をくれた。
理由なんかなかったとしても、俺はそれに感謝していた。




「母様……」

母様には口がないから古代北欧の古典から取ったエッダという名前も呼んではくれない。
だけどその歳経た体に触れていると声が聞こえる気がした。

大地の力。木の声。
俺は世界の美しさを感じながら、これが永遠に続くと信じていた。




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