短編

□緋色、蒼き海に沈む
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照り付ける太陽。
揺らぐ陽炎。
汗で張り付くシャツ。

ぢりぢりと肌の焼けていく感覚。同時に心の奥底までも渇いていく、そんな感覚。

海は、それら全てから僕を救ってくれる気がした。







 - 緋色、蒼き海に沈む -










「おはよう、さゆちゃん。今日もいい天気だよ」

さゆりは何も喋らない。
ただ酷いくまのできた濁った目で、僕をじっと睨むのだ。
僕を責める無言の視線は冷たく痛い。僕はそれが嫌で仕方なかったが、今のさゆりには何を言っても無駄だった。

市内の病院の一室で、さゆりは静かに息を繰り返していた。
先日人工呼吸機を外すことを許され、確実に体は回復しているが、一向に声を発する様子はなかった。


「…僕を許しては、くれないんだね」

「……」

やっぱりさゆりは何も喋らない。恨めしそうに僕を睨むばかりだ。



彼はさゆりにとって特別だった。
彼は、さゆりの弟。血は繋がってないけど、昔から姉弟のように育ってきたという。

だけど僕にとっても彼は特別だった。
だから、奪った。
彼が、彼女のもとへ行かないように。


そしたら、さゆりが壊れてしまった。
彼が失踪した事実を知ると、さゆりはそのまま卒倒し、三日間眠り続けた。先日ようやく目を覚ましたが、彼女は言葉をなくしていた。
言葉だけではない。表情や自我、感情までも彼女はなくしてしまったらしい。
今のさゆりはただ息をしているだけだ。朝になると目覚め、食事をし、夜になれば眠る。歩いたりもするが、誰が何を言おうと反応を示さない。

さゆりは気付いている。ナカジの失踪に僕が関係していることに。
おそらく彼を返すまでは、彼女に正常は戻ってこないのだろう。






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