短編
□『ダークネス』
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2.夜
夜です。
私はこの時間が好きです。
何故って?
それは実体を持たぬ私が、実体に触れることが許される時間だからです。
「シャルロット嬢」
月夜に揺れる瞳。
美しい彼女はカタンと首を鳴らしてこちらを見ました。
「またお越しになられたのね。ようこそ紳士様」
名を教えなかったので、彼女は私を紳士様と呼びました。
名を教えないのは彼女のためでもあるのです。
そうでしょう?
私は幽霊です。しかし彼女は私を人間だと信じているのです。
真実を知れば驚くでしょうし、やっと人に出会えたと喜ぶ彼女を裏切ることになってしまいます。
「やっぱりお名前を教えては下さらないのね」
鳴呼、せめてこの屋敷の庭に私の墓さえなければ。そうすればこの名を教えてさしあげるのに。
悲しげに微笑む彼女に、私も悲しい笑みを浮かべるほかありませんでした。
「…踊りませんか、シャルロット嬢?」
苦肉の策の如く、話題を変えようとそう切り出した途端、彼女に優しい笑顔が戻りました。
幼さを残した無邪気な笑み。私はそれにほっと安堵しました。
「踊りましょう」
「踊りましょう」
緩やかに、輪舞曲が大気に溶けてゆく。
夜の舞踏会。
私と貴女だけの舞踏会。
幽霊と人形が踊る、奇妙な舞踏会。
夜はいつだって不思議が巣くうのです。
… End
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