短編

□哲学者の甘美なる憂鬱
3ページ/5ページ

 
「雨が嫌われる理由。それがわかれば雨を好きになれるかもしれないです」

テント=カントは降りしきる雨を見つめてぽつりと呟いた。


「そして雨を好きになれれば、貴方がもう一度私を好きになってくれるかもしれません」



「テント=カント?」

「貴方は私が嫌いですね?そうでしょう?」

確かにそうだ。
彼が嫌いだった。

彼は音楽を愛しすぎるあまり音楽家達の肉を喰らうから。
悪気もなく平然と自分にもそれを勧めるから。
自分が狂っていることにさえ、気づけなくなってしまっているから。


かつては友人と呼べる存在だったとはいえ、人を喰らう狂人となど仲良くは出来ない。
これは彼自身も認めている、「理に適っている」ことだ。



「私はね、アルビレオ。音楽を喰らうことでしか生きていけないのです。仕方がないのです。そうすることでしか生を維持出来ないのです」

テント=カントは手を広げ、まるで演劇のワンシーンのようにくるりくるりと身を翻した。その度に鮮やかな髪が揺れ、辺りに紙吹雪が散らばる。

「外から何一つの栄養源を取り入れずに生きている生命体がいますか?いないでしょう?私もそれと同じこと。私の場合、その栄養源が音楽である。ただ、それだけのことなのです」


テント=カントはアルビレオに顔を寄せ、にんまりと笑った。
吊り上がった口角のすき間から人々を喰らったであろう小さな牙が見えた。




+
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ