短編

□緋色、蒼き海に沈む
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夕暮れ。
僕は浜辺に座ってぼんやりしていた。
眠っていたのだろうか。日が落ちるまでの記憶がなかった。

赤く染まる海はダークブルーの名残を微かに残してきらきら光る。
光っては消え、また光り。最初にそれを人の命に例えたのは誰なのだろう。


あれから一週間。
ナカジが一人で逝ってしまってから一週間が過ぎた。
僕は何故生きているのだろう。一緒に逝こうと海へ沈んだのに。何故、僕だけが生き残ってしまったのだろう。
深く、暗い世界の中で、何故僕は彼の手を離してしまったのだろう。

何も考えたくなくて、とにかくどこかへ行こうと思った。歩けば歩くほど黒い砂が足に纏わり付く。
逃れられない。そんな気がした。





「かえして」



細い女の声。
いつからいたのだろう。目の前にさゆりがいた。
病院から抜け出してきたらしい。なのにいつもの赤いジャージを羽織っていたのが、どこかおかしかった。



「やぁ、さゆちゃん」

「かえして、私のナカジ君かえしてよ」

彼女の右手には鈍く光る果物ナイフが握られていた。


「よかった、喋れるようになったんだね。みんな心配してたんだよ」

「ナカジ君かえして。私のなのよ」




「ナカジは、君のじゃない」


言ったのが早かったか言い終わるのが早かったか。
さゆりの手の中の鈍色のナイフが、脇腹を貫いた。





空が赤い。
いつの間にか僕の服までも赤く染まっている。きっと海も同じ色をしているのだろうけど、体に力が入らなくて確認できなかった。
みんな同じいろだ。さゆりのジャージも同じいろ。
ダークブルーのナカジとは対極の、相容れない色。


「ナカジは誰のものでもない。僕も、手に入れられなかった…」

体が痛くて動かせない。さゆりは、僕の最後の声を聞いただろうか。




深い海はナカジの魂を飲み、僕の血を飲み、さゆりの未来を飲んで。
今日もまた、その色を湛えて静かに笑っていた。







      … End



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