短編
□緋色、蒼き海に沈む
4ページ/5ページ
夕暮れ。
僕は浜辺に座ってぼんやりしていた。
眠っていたのだろうか。日が落ちるまでの記憶がなかった。
赤く染まる海はダークブルーの名残を微かに残してきらきら光る。
光っては消え、また光り。最初にそれを人の命に例えたのは誰なのだろう。
あれから一週間。
ナカジが一人で逝ってしまってから一週間が過ぎた。
僕は何故生きているのだろう。一緒に逝こうと海へ沈んだのに。何故、僕だけが生き残ってしまったのだろう。
深く、暗い世界の中で、何故僕は彼の手を離してしまったのだろう。
何も考えたくなくて、とにかくどこかへ行こうと思った。歩けば歩くほど黒い砂が足に纏わり付く。
逃れられない。そんな気がした。
「かえして」
細い女の声。
いつからいたのだろう。目の前にさゆりがいた。
病院から抜け出してきたらしい。なのにいつもの赤いジャージを羽織っていたのが、どこかおかしかった。
「やぁ、さゆちゃん」
「かえして、私のナカジ君かえしてよ」
彼女の右手には鈍く光る果物ナイフが握られていた。
「よかった、喋れるようになったんだね。みんな心配してたんだよ」
「ナカジ君かえして。私のなのよ」
「ナカジは、君のじゃない」
言ったのが早かったか言い終わるのが早かったか。
さゆりの手の中の鈍色のナイフが、脇腹を貫いた。
空が赤い。
いつの間にか僕の服までも赤く染まっている。きっと海も同じ色をしているのだろうけど、体に力が入らなくて確認できなかった。
みんな同じいろだ。さゆりのジャージも同じいろ。
ダークブルーのナカジとは対極の、相容れない色。
「ナカジは誰のものでもない。僕も、手に入れられなかった…」
体が痛くて動かせない。さゆりは、僕の最後の声を聞いただろうか。
深い海はナカジの魂を飲み、僕の血を飲み、さゆりの未来を飲んで。
今日もまた、その色を湛えて静かに笑っていた。
… End
+