短編

□メモワール
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10年近く前の話だ。
俺がまだ、学生だった頃の話。

最初の夏を迎える前には既に、俺はそこそこ犯罪者だった。
ただ年頃の学生がやるような大麻栽培や詐欺電話より、はるかに危険な事に手を染めていた。
早い話が暗殺屋だった。依頼された人間を殺し、その報酬を貰う。汚い商売だとは思わなかった。俺が今まで手をかけた奴らは、殺されても文句は言えないような事をしてきたのだから。
ただ、一度だけを除いては。


「あんたがイザベル・リベリーさん?」

「はい、はじめまして」

青い帽子を取り、深々と頭を下げる彼女の日本語はかなり流暢だった。
美しいブラウンの髪が、陽光に輝く。

「お義父様のご友人って、随分お若い方だったんですね」


イザベル・リベリー。
歳は俺より6つ上。日本人の母とフランス人の父の間に生まれたハーフ。
育ちはフランス。父親は彼女の幼少期に、母親は昨年亡くなった。今は母親の再婚相手の日本人と二人で暮らしている。大学で日本語を専攻していたため、日本については詳しい。
特徴は、メープルブラウンに染められた、本来ブロンドの髪。
俺が事前に聞いた情報はこれだけだった。彼女の養父の依頼で、俺は彼女を殺すのだ。


「ベルと呼んでください。今日はよろしくね、コースケ君」

クラミツコースケ。
彼女にはそう名乗ってある。もちろん、偽名だ。

俺は彼女とこれから遊園地へ行く。ジェットコースターに乗り、お化け屋敷へ入り、観覧車で夕焼けを見る。そのあとで、彼女には死んでもらう。
最期ぐらい楽しませてやってほしいという養父の希望だった。どんな理由でかは知らないが、この女を殺すことに多少の罪悪感はあるらしい。


「じゃあ、行きましょうか」

そう言ってベルは自然に俺の手を握った。

「日本の遊園地、とっても楽しみなんです」

その笑顔にどきりとした。俺より年上なのに、彼女の笑みにはどこかあどけなさが残っていた。


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