短編

□メモワール
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楽しい時間はあっという間。
風船を握るベルはそんな事を呟きながら俺の少し前を歩く。
この道は俺が教えた。この裏通りを真っ直ぐ行けば、美味しいレストランがあるからと嘘をついた。実際は使われてない資材置場しか無い。
彼女は疑いもせず、ダンスのステップでも踏むように、規則的なリズムで前へと進んで行く。それに合わせて不安そうに風船たちが揺れる。鮮やかな色をしたそれは夕闇に飲まれ、仄暗く沈んでいた。まるで、彼女の命のように。


空は暗い。辺りには誰もいない。
今だ、と思った。

それにしても、養父は何故彼女を殺せと依頼したのだろう。
今日一日彼女といて、問題らしい問題は伺えなかった。養父を悪く言う事はなく、寧ろ本当の子供ではない自分を家に置いてくれた事を感謝していた。

サイレンサー付きの銃取り出し、構える。
ならば、何故。彼女の両親が残した財産はあるにはあるが、莫大なものではない。僅かな金といくらかの土地があるだけだ。
彼女を殺すことにどんなメリットがあるのか理解できなかった。
だが、俺は彼女を殺す。それが、俺の仕事だから。


足を止めて、息を整える。
さよならだ。
イザベル・リベリー。



途端、女の足がふらりとリズムを乱した。
しまった。そう思った時には遅かった。弾丸は女の持っていた風船の1つを貫いた。
破裂音とともに、残りの風船が空へ飛び立つ。

女は驚いた様に振り返る。美しい色の異国の眼に、銃を構えた男が映っている。


「……!」

まずい。
撃たなければ。
女が声を上げることを思い出す前に、頭をぶち抜いて黙らせなくては。
思考が真っ赤になる。
集中なんてどこかへ行ってしまっていた。とにかく殺さなければならないのに、指が、言うことを聞かない。

彼女は声をあげる間もなく、走り出した。
落ち着け。この先は結局行き止まりだ。大丈夫、撃てる。撃てる。

息を整えて狙いを定める。
まずは、足だ。
狙い通り、銃弾は彼女の右足首を掠めた。




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