短編
□裏ノ裏
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夜が来た。
俺は夜が好きだった。
この時間は本来眠るための時間であり、外出を強要されたりはしない。その事実は俺に安心を与えたが、そう感じてしまう事が逆に恐ろしくもあった。異端。そんな現実を、突き付けられている気がして。
「今日、外へは?」
「出ない」
ここのところ同居人は夜が来る度に俺を誘う。
夜は許されている時間だというのに、何故こんなことをするのか理解に苦しむ。だが奴は俺が拒めばそれ以上は何も言わなかった。それがわかっている自分が憎い。口には出せないが、甘えでやり過ごす自分は、卑怯だ。
「ねぇ、外行こうよ。ドライブしよう、ドライブ」
「お前、車持ってないだろ」
「いいよ。とってくるから」
取って、盗って。
どちらなのか核心は持てないが、恐らく後者だ。
最近奴はどこかおかしい。傷が増えたのを窘めて以来、少しずつ何かが崩れていく様だった。
それが感情なのかモラルなのかはわからない。ただ、何かが崩れて風に消え去っている様な、おかしな感覚。奴の中で何かが起ころうとしている。それは確かだった。
「マサムネ君マサムネ君」
眼と眼が合う。
要求する眼。
血走ったそれは狂気に満ちている。
「頼みがあるんだ。僕と、心中してよ」
また始まった。
口を開くとすぐこれだ。
何度拒んでも、はぐらかしても奴は折れない。一旦は引き下がっても、舌の根が乾かぬ内に同じことを繰り返す。
「車でさ、崖から飛ぶんだ。きっと、飛べるよ」
「飛べねぇよ。いい加減にしろ」
「そっか、ごめんね。あぁ、そろそろ行かなくちゃ。今日はメンバーと打ち合わせしなきゃなんだ」
「何言ってんだよ。打ち合わせなら昼間行ってきたろ?」
「あー…そっか。そうだったよね。ごめんね。僕、うっかりしてた」
ぎらぎらした眼で、なのにどこかぼんやりして。最近のこいつは、おかしい。
「あ、そうだマサムネ君。心中しない?ドライブついでにさ」
こいつは、本当にもう駄目なのかもしれない。