短編

□bone,
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ねぇ、兄さん。
アタシ、働き口を見つけたんだ。

大丈夫よ。危なくなんかないから。
ちょっとした、ホステスみたいなもんだから。

だから、兄さん……


紫の声が、頭の中を駆け回る。
私のせいで、紫が。私の大切な妹が。
思い出すだけで悲しくて苦しくて吐きそうになる。

「大丈夫ですか…?」

テント=カントは遠慮がちに訪ねる。嘘だ。その帽子の下では笑っているのだろう。
慈悲深い人間はこの世界にいない。居るのは外道と、善人の皮を被った外道だけ。
だけど今はそれどころではなかった。喉の奥に込み上げる胃液を堪えるので、精一杯だった。


「…こんな時で恐縮ですが、ビジネスの話をしても?」

ほら見なさい。外道め。
だけど善人を期待したわけでもない。私は口を押さえたまま頷く。

「こちらの骨は現金との引き換えになります。あなた様は信頼ある方からのご紹介。支払い額はこちらになりますが、よろしいですね」

テント=カントは右手の指を数本立てて見せる。
ゼロの数は言わなかったが、KKの話が合っていれば持ってきた額でちょうどのはずだ。
私は黙って頷いて、持ってきた鞄ごとテント=カントに放り投げた。


そのあとの手続きは簡単なものだった。
テント=カントの金勘定を待ってから骨を受け取り、取引終了の書類にサインをするだけ。これで私たちは完全に無関係、今後この件でのやり取りは一切しない。それが葬送サーカス団の規約だとテント=カントは語ったが、私はあまり聞いていなかった。


鞄の紐を握りしめ、俯いて歩く。
中には妹の骨と、仕事用に借りた携帯電話しかない。
今の私が持っているのは、たったそれだけ。
紫が生きていた頃は、あんなにも恵まれていたというのに。決して裕福ではなかったけど幸せだったし、二人でいればなんだって乗り越えられる気がしていた。
それなのに、今は。
私にとって、妹は全てだった。


そんなことを考えていたら、目の前に現れた影を避けられなかった。見知らぬ男性にぶつかってしまった。

「…あ、ごめんなさい」

男性はこちらを見もせず、足早に去っていく。
立ち止まる迷惑な存在を、周囲は気にも止めない。川の水が石を避けるように、誰もが無視して流れていく。
私は、無力だ。
どうしようもなく無力で、どうしようもない馬鹿者だ。
この時妹の骨を掠め取られていたことに、気付きもしなかったのだから。



もう本当に逃げることは出来なくなった。
妹を取り返すには、この世界で生きるしかない。
何があろうと妹は絶対に取り返す。どんな手を、使っても。




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