伯爵と妖精

□カードの行方
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数年前からロンドンでは東洋のとある風変わりな風習が若い女性の間で流行している。それは2月14日に女性が思いを寄せる男性にプレゼントを贈るというものだった。

そんなわけで2月14日が差し迫ったロンドンは店も人もどこか浮かれているようだった。

そして、ここ数日気味の悪い程浮かれている男性がここにも一人。

「こんなにもバレンタインが楽しみなのは初めてだよ。」

にやけている顔を隠そうともせず独り言には大きすぎる声で呟いた。

その呟きに答えるべきか悩んでいる従者に対しその男は今度は問いただしてきた。

「ねぇ、レイブン。リディアは何をくれると思う?」

夫婦となった今、リディアからプレゼントを貰えるのは必至で、ましてや今日リディアはケリーと2人で買い物に出掛けている。
今頃リディアが必死になって自分へのプレゼントを選んでくれていると思うだけでエドガーの心は十分に満たされるのだった。
あぁリディアに急に会いたくなってきた。

「エドガー様。リディアさんがおられます。」

どうやら願いが通じたらしい。

通りの反対側の店で何やら真剣な顔をして商品を物色しているリディアが馬車の中から見えた。ひとまず馬車を脇に止めリディアの可愛らしい真剣な横顔を眺めていた。
リディアは1枚のカードを手に取り嬉しそうに微笑んだ。それはハートに型どったピンク色のカードで縁にはミニバラがあしらわれているなんとも可愛らしいカードだった。リディアはそのカードを持って奥の方へと姿を消した。その姿に見とれているとレイブンに声を掛けられた。

「リディアさんの方に行かれますか?」

「せっかくリディアが僕に内緒でプレゼントを選んでいるんだ。そんな無粋な真似はしないよ。屋敷に戻ってリディアをたまには出迎えるのもいいね。行ってくれ。」

エドガーはおそらくあのカードに書かれるであろう自分に対する愛のメッセージを想像してますますにやけていた。


今日は待ちに待ったバレンタインだ。しかしそんな日も仕事はあるわけで、よりによってリディアと行ってきますのキスも許されない早朝、エドガーは馬車に揺られていた。

仕事をさっさと片付けて急いで家に帰る。朝早く出たお陰か夕方頃には屋敷に戻れそうだ。こんな日に仕事を入れたトムキンスに舌打ちしつつもこういう所は流石だと思う。

ドアを開けるとリディアが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、エドガー。ちょっと時間あるかしら。」

恥ずかしそうにも楽しそうにも見える表情で聞いてきた。

「もちろんだよ。君より優先させるものなんて僕にはないからね。じゃぁティールームに行こうか。」

リディアはまたそんなこと言ってと呆れたように笑った。

メイドが淹れた紅茶を飲みながら他愛もないお喋りが一区切りついたところでリディアが可愛らしい箱を差し出してきた。

「あのっ、今日バレンタインでしょ?全然高価なものとかじゃないけど貰ってくれるかしら?」

頬を桜色に染めたリディアが捲し立てるように話す。
「当然だよ。君から貰えるなら道端に落ちてる石ころだって僕にとっては宝石以上だ。」
リディアは大袈裟よと笑ったけど本当にそう思う。

「リディア、開けていい?」

リディアは恥ずかしそうに頷いた。

まるで幼少時代に戻ったようなワクワクした気持ちで箱を開けた。出てきたのはミントグリーンの春らしいストールだった。

「あのっこれから春になるでしょ。でも春って案外冷えることが多いからと思って。」

ストールは素敵て一目見て気に入った。しかしどこを見てもリディアから貰えるはずのカードはなかった。
その沈黙を良くない方に受け取ったリディアは少し寂しそうに付け足した。

「あっあの、でも無理に使わなくても良いのよ。こういうのって好みもあると思うし。」
エドガーは慌てて言葉を紡いだ。
「すごく気に入ったよ。ありがとう。君の瞳とお揃いで身に付ける度に胸が高鳴りそうだよ。」

エドガーはリディアにキスを贈りながらもしかしたら夜にくれるのかもしれないと考えを巡らせていた。

しかしその夜もカードを渡されることはなくなんとなく聞き出せないままお互い眠りに落ちた。
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