Novel

□こわれてしまえ
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!軍人(と覚醒)
!覚醒が消えた後


ただ無機質に緑色の瞳だけを映す鏡の前で、何を思う訳でもなくただ立っている男の姿は、端から見たらどう映るのだろう。
別にもう一人の自分が居なくなったからと言って何かが劇的に変わる訳でも無く、ただ目の前で「自分」が作り出した死体を見ることが無くなったという、たたそれだけの些細な変化。
悲しい訳ではない。自分一人だけになった事に、後悔も何も無い筈だけれど。
それまであったものが無くなるという妙な虚無感だけが残った心の中にほんの少しだけ寂しさのようなものを感じながら、あの金色の瞳を写さなくなった鏡に触れる。勿論そこに温もりなんてものがある筈も無く、ただ指先に冷たく硬い感が伝わるだけの鏡を見て小さく、ほんとうに小さな声でただ淡々と語りかけるように呟く。

「……ねえ、」

本当に、幸せ?
その問いに答える存在はもういない。今まで悲しくも寂しくも何も無かった癖に、ただそれだけが無意味にどこかに突き刺さったような、そんな感覚すら覚えた。
――僕は、何がしたかったんだろう。
何を言っても自分の身体で殺人を繰り返す彼が嫌いだったのは確かだし、気が付いたら周りに広がっていた血の海と死体の山に思わず涙が零れた事もそう少なくない。
そんな事を鏡を見ながら思い出したら、何故だか無性に悲しくなったような気がして拳を握り締めた。本当に、何も無い筈なんだ。彼が消えたとしたって、僕は何も感じない筈なのに。
いつの間にか自分の目から流れている涙は、温かくなんかなかった。

「なんで、」

そうだ。彼が居なくなったって、ただ僕がこの手で人を殺す事が無くなっただけで、この街も僕も、何も変わらないのに。
どうして僕は、泣いてなんかいるんだろう。
止めようと思って手の甲で幾らそれを拭っても、止まる事無く頬を伝って流れ出す雫に、ただ何もせずに嗚咽を零し続ける自分は、もしかしたらあいつが言っていた通り本当の馬鹿なんじゃないかと少しだけ思った。



ぜんぶぜんぶ壊しちゃってさ
(失ってから気付く大切なもの、とやら。) 




20111005

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