Novel

□kf
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!覚シフ


絶体絶命、というのはこういう状況のことを言うのかもしれない。
一緒に(盗みに)来ていた双子の弟はとっくに死んでしまって血液やら何やらを撒き散らしているし、助けなんて呼んだってあの糞ヒーロー様が更に事態を悪くしに来るだけ。逃げ出したりなんかしたら今の状況よりもっと惨い死に方をするに決まっている。
それを理解していても頭に浮かぶのがどう逃げるか、という計算だけなのは、所謂生存本能というやつなのだろうか。この街でそんな事を考えたって、なんの意味も無いのに。
……盗みに入った家からしっかり色々いただいて逃げ出そうとした所であの落ちこぼれの退役軍人に惨殺、というのがどうやら今日の死因らしい。何度目のパターンだよそれ。
出会った時には既に凶暴な色へと変わっていたその理由は知らないし知りたくもない。ただ、わざわざ狙い済ましたように帰ろうとした時に来て欲しくなかった、というのが本音だったりする。
そんな事をぐるぐる頭の中で羅列しても、例の軍人に首を絞められている事実も変わらない訳で。

「さっさとお家に帰っておくべきだったな、コソドロ」

自分達と似た、でも全く違う色彩をした緑色の髪を軽く揺らして笑う琥珀色に、諦めのような嫌悪感のような何かを感じながら、こちらもいつも見せるそれとは違う少しだけ小馬鹿にしたような笑みを披露してみせる。まあ正直に言うと、勝てる算段も逃げられる計画も全くないけど。笑うだけなら自由だろう。

「……生憎、帰り道の途中で殺人鬼に出会ったんでね」

自分で言った多分今までで一番くだらないジョークに心底呆れながら(そもそもこれはジョークになっているのか)、ふざけた調子で溜め息をひとつ。

「、そうかよ」

目の前の殺人鬼は、当然のごとくそれに笑うこともなく寧ろどこか見下したように一言呟いた後に、首に掛けられた手に一気に力がかかる。それで歪むこちらの顔を見て笑みを深める辺り、こいつの性根は本当にねじ曲がっていると思う。
(まあ、俺たちが言えた事じゃないけど。)

「は、なせ、」

やっと絞り出した声でそう言っても聞き入れられる筈もなく。それに何を思ったのかおもむろに近付いてきた金色の瞳を思わず睨み付けた。

「……なあ、」

最後まで言われる事の無かった言葉は、どこに言ったのか。何故か柄にも無くそんな的外れで妙に詩的なことを考えたのは、きっと自分の脳が今の状況を把握しきれていなかったからだろう。
気付いたら触れていた、まさにそう形容するのが一番分かりやすいと思うほど自然に唇に触れた柔らかい感触に、一気に状況を理解する。
思わず僅かに口を開いて、そのまま入ってきた舌を噛み千切るような余力があるわけも無く。

「……っは、」

そういえば首絞められたままだったな、と思い出したところで少しずつ意識が遠くなる。その感覚は何度も経験していて慣れきっている筈なのに、何故だか離れたくないような気がして、目の前の軍服にしがみ着いた。……今日の自分は、どこかがおかしいらしい(いつもなら、間違っても死亡フラグと離れたくないなんてそんなこと思わない筈だ)。

「……え、」

それに自分でも驚いたような声を出していた事に気付いて、思わず口を閉じる。その間にも首を絞める力が強くなって、それに反比例するように遠くなっていく意識。次に目覚める時は、きっと日付が変わった後だろう。

「……好き、だ」

意識が無くなる寸前に、確かにあのフリッピーの声でそんな言葉が聞こえた気がした。


( ……まさか、な。 )






20111128

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