Novel
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ヒーローが風邪を引いたらしい、と。
そんな噂を聞いたのは何分前だっただろうか。気付けば走り出していた僕は、これまた気が付いたらスプレンディドさんの家に来ていた訳で。その事に自分でも少し驚いたような妙な気持ちを抱えて目の前の扉を軽くノックする。……もし何も反応が無かったら、このまま大人しく帰ろうなんて事を考えながら。
少し時間は空いたけれど予想に反して開けられたドアから見えたのは、これまた予想に反した鮮やかな赤で、……ん?赤?青じゃなくて?
「もしかして、スプレンドント?」
「……トゥー、シー」
小さく僕の名前を呼んだ声で確信する。スプレンディドに良く似ているけど、それでもやっぱりどこか違う顔と声。……スプレンドントだ。
その赤い髪に負けないくらい上気して、一発で熱が出ていると分かる頬と僅かに虚ろな瞳で、風邪を引いたというのは彼だったのか、と妙に納得する。……いやいや、納得してる場合じゃないだろ僕!
「具合悪いなら寝てた方が、って、うわ!」
最後まで言う前に倒れ込んできた赤い色の塊に少しだけよろける。ああもう、言わんこっちゃない!
起こしたのはお前じゃないのか、という突っ込みは出来ればしないで貰いたい。……僕だって、彼のいかにも具合の悪そうな顔を見た時から罪悪感はあったんだ。
誰に言っているのかも分からないような、そんな言い訳を心の中で呟いて、何とか彼の身体を背中に移動させる(やっぱり僕じゃあ相当重い)。
時々よろめきながらも彼をソファーに寝かせて(流石にベッドまで運ぶ程の力は僕には無い)、そこら辺にあった毛布を被せてからふう、と一つため息。
ふと見た寝顔に僅かに胸が高鳴ったのは勘弁して欲しい。何せこの病人はやたらと顔が整っているのだ。……それでも僕は、少なくとも同性である男の寝顔にこんな、所謂ときめくような人間ではなかった筈だけど。
「……スプレンドント、」
少しだけ首を傾げながら、僕とは比べ物にならない程に熱い額にとりあえず近くにあったタオルを濡らして当ててから、スプレンドントが寝ているソファーの近くに座り込む。
「……ドント、」
普段は使わないような呼び名で一度だけ呼んで、すぐに何故か凄く恥ずかしく恥ずかしくなって止めた。……あれ、なんだよこれ。
「……好き、」
自分でも驚く位するりと出てきたその言葉に目を見開く。僕が、スプレンドントを、好きだって?
すとん、という何かの型にはまるかのような音が聞こえた気がして、妙にしっくりとくるその言葉に何となく理解した。……つまり、僕は彼の事が「好き」なのだと。それは勿論、『そういう』意味で。
「……大好き、です」
柄にも合わない敬語まで使って、半ばやけくそ気味に吐き出した言葉に自分でも少し頬が熱くなったのはスルーして貰いたいものだ。
「……トゥーシー、?」
本日二回目の名前を呼ぶ声に、何故か心臓が止まるかと思う程びっくりして、ゆっくりとそちらを振り返ると、こちらを向いて僅かに見開かれた赤い瞳。
……え、もしかして。
聞かれてた、とか。
「……っ、」
それに気付くと、これまでに無いくらい自分の顔が赤く染まっていくのが分かって、思わず小さな言葉にもならない声が漏れた。……なんだそれ、恥ずかしすぎる。
「……俺も、好き、だ」
風邪のせいなのか、それとも他の何かか本当に髪色に負けない程真っ赤な顔で彼が呟いた言葉に吃驚して動けなくなってしまった僕の頬に、一瞬だけ触れたあの温もりははたして何だったのだろうか、なんて考えるまでもない事なのだけれど。
20120102
(風邪でもないのに体が熱い、)