Novel

□dt
1ページ/1ページ

!否出


自分の血飛沫が飛び散る所を初めて見た。あの子のあんなに悲しそうな泣き顔を初めて見た。致命傷を負うあの瞬間を初めて感じた。
今日は嫌な「はじめて」が多い日だな、と、今の状況がどこか他人事であるかのような感覚の中でぼんやりと考えた。ああ、でも、自分が傷付くのは良くても、あの子の泣き顔は、あまり見たいものではない。

「……トゥーシー」

ごぽり。呼んだ筈の名前は赤い液体と同時に口から流れ落ちる。またあの子の綺麗な瞳から涙が流れた。駄目だ。そんな顔をしたら、俺がこんな事になっている意味が無いじゃないか。それに、どうせまた明日生き返るなら、そんなに大泣きする必要なんてないだろう。……それを言ったら、俺がトゥーシーをかばった意味も無くなるというものだが。

「嫌なんだ、」

スプレンドントに、死んで欲しくないんだよ。
むかつく程同じ姿をしたあいつには呼ばれないフルネーム。いつもはそれだけの意味しか持たない名前が、彼が呼ぶだけでとても綺麗な言葉に聞こえてくるのは、さて、どういうことなのだろう。

「大丈夫だ、」

明日目が醒めたら一番に、君に会いに行くから。
そこまでは続けられなかったけれど、さっきから変わらず大粒の涙を溢しながら、それでも笑ったトゥーシーの顔を見れば、きっと伝わっているであろう事が分かった。大丈夫だ、きっと大丈夫。その言葉は彼に言った筈なのに、どこか自分に言い聞かせているような気もしたのは、きっと気のせいじゃない。――そういえば、この感覚も初めてだな。

「僕も、……僕も、ドントに会いに行くから、」

絶対に、それまでに死なないでね。お願いだから。
だなんて、俺は嫌味な事にこの街のヒーローを名乗るあいつを殴れる程度には体が丈夫なのだから、そう簡単には死ぬ事はないよ。死ねる訳がない。今の状態でそんな長い台詞は言える訳がないとは分かっていたが、それでも安心させようとトゥーシーに向かって軽く笑いかけてその濡れた頬に手を添える。今から明日の心配をするなんて、どうやら俺もあの子も結構な心配性であるらしい。
分かってるよ、とこちらに小さく笑い返した彼のふわりとした笑い顔は、やっぱりあんなに悲しそうなぐちゃぐちゃの泣き顔なんかよりもずっと綺麗だと、怪我の痛みと共に少しずつ朦朧として薄れてきた意識の中でそんなことを」思った。目が醒めたら、一緒にアイスでも食べに行こうか。
――明日は良い日になりそうだと、少しだけそんな予感がしたような気がした。



20120102

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ