本編
□春景色
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『そうだね。間違いなく、彼を呼ぶ度に彼の力が流れ込んできてる』
『―君の目、君の身体、君の自身にその影響があるのは間違いないね』
『――良いことも、悪いこともあるさ。なんせ、まだ一つの力だから』
『―――どうせだったら、呼び方を変えてみたらどう?疲れるでしょ』
『――――悪口言われた?あー……それはまだ馴染んでなかったのかも?』
先ほど寝ていたとき、夢に出た黄金の目の天使の言葉を思い出す。スッと息を吸って、シロガネは脳裏に浮かぶ文字を詠む。
「―――人の生死を司る死の天使よ。その魂を刈り取る大鎌を託された神の命令よ。今、我が前に現し、因縁を断ち切る力となれ!」
シロガネは詠唱を唱え、左手を魔力石に突き出す。赤い目がいっそう輝き、左手から闇を溢れさせる。
想定外の自体にシロガネもリシアたちも戸惑うが、その闇が徐々に形作られ、大鎌となる。
シロガネは茫然としながらもそれを掴むと、黒い霧が風に煽られる。
「…『これならば、あまり疲弊せず、長期に渡って使えるだろう』……って!?」
シロガネは左右を見渡し、いつも現れる烏の羽をもつ闇を探す。だが、それは見当たらず、シロガネは術式の込められた目に映る文字を読み進める。
「…『アズラエルに話しやがって…全く、出血サービスだ。今後もお前が俺を意思すれば、こいつは現してやろう……ま、天使に血はないんだがな。はっはっは』って一人で笑ってんな!何も面白くねぇよ!!」
「えっと…シロガネ?」
リシアは一人芝居をするシロガネを呼び止める。シロガネは、他人から見たときの自分の挙動に気付き、あーえっと、と誤魔化す。
「と、とにかく、以前よりはましにその力が使えるってことか?」
「まぁ、まぁ……た、多分」
リシアの問に、鎌を持ったままシロガネは答える。なら、とウィズはゴーグルを下ろしながら言う。
「先に伝えてた通りだ。慎重に」
「…あぁ」
シロガネは鎌を構える。大きいが、想像以上に軽いのか、動作は俊敏で槍を使っている時よりも動きがいい。
鎌の刃を魔力石の上部に当て、草木を刈るように軽く斬る。魔力石は金属音をたて、その部分が砕け落ちる。
ウィズがキーを操作すると、その部分に黒い魔法陣が浮かび、見えないが膨大な魔力の流出を防ぐ。
「異常軽度…いける」
ディスプレイを見て、ウィズは言う。リシアは邪魔にならないよう、その魔力石を剣で集め、シロガネの前からどかす。
シロガネは次に、右側を断つ。そして、左、正面、と魔力石を分断する。
分断された魔力石は、カットした宝石のようだが、魔法陣の下にまだ筋が見える。
シロガネは大きく切断していたのだが、本来の融合された魔力石には程遠いということか。
「よくまぁこんなに魔力石を集めたもんだ…」
「…そうだな。少年一人でやるにしても、膨大なお金も必要だよな……」
裏があるのだろうか、とリシアは思案するも、理由も動機も分からない中ではどうしようもない。
ウィズがキーを打ちこみ、次、と指示する。魔力石の魔力の放出がある程度落ち着いたようだ。
あまり疲れない、といってもやはり集中と魔力の消費に体力が削られていく。流れる汗を拭うのも忘れ、ふぅ、と一息ついて、シロガネはまた上部に鎌を当てる。
「し、シロガネのおにいさん!」
聞き覚えのある声に、リシアは振り返る。闇の先に、ニクスが照らす少年がいる。
「カルス!お前なんでこんなところに…!」
マルスが捜していた、と伝えようとするも、リシアの言葉は放たれたカルスの言葉により遮られる。
「し、し、シロガネのおにいさんは…涙の信託者だから、きっ…きっと、大丈夫だよね…!?」
「…あぁ、大丈夫だからお前はさっさと……」
カルスは駆け出す。その早さは、リシアでも止めることは容易いものだった。だが、一体何の用でこちらに駆け寄ってきたのか理解できず、ただ呆然とそれを見つめる。
それを理解したのは、シロガネがゆっくりと振り返り、カルスがシロガネの懐に飛び込もうとした時だ。
夜の女神が、カルスの手の中の鈍い色の金属を照らす。