本編

□ジ・アーテル
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 ヘメラが沈み始めた頃、図書都中央の保管塔前にリシアとチェイスは待ち合わせていた。保管塔というだけあって人は少なく、観光目的で来ている人がほとんどであった。
 リシアたちもここを選んだのは、この黒い塔が一番都で分かりやすい場所だから、というだけである。

 リシアは軍学生の青い制服を着て、懐かしさと同時に、ほとんどピッタリの大きさにエンの成長を感じていた。しかし、帽子も貸してくれれば一番だったのだが、儀礼用の帽子など普段から持ち歩いている訳もなく、片目隠れの髪はそのままだ。
 だからといって昔のように眼帯を着けるのも逆効果であり、参ったなぁ呟いて紺の髪を掻く。

「上手いこと顔の半分が隠せる方法ねぇ……もういっそ怪我とか言って包帯でも巻いてれば?」
「んん〜〜……結局目立ってる気がするけど、それが一番打倒策かなぁ…………」

 チェイスの提案に、唸りながらリシアは言う。髪の上から顔の右半分に触れてみれば、健全な皮膚とは思えない硬質でザラリとした感触に嫌悪感を抱く。

死の目(デス・アイ)かしら?」

 右耳から聞こえた声にリシアは振り向くと、顔が肩に乗りそうなほどすぐ後方に赤髪の淑女が居た。思わず声を上げてチェイスに飛び付くと、それに驚いてチェイスも後方に後ずさる。

「でも、死の目(デス・アイ)にしては魔力(ルナート)のエネルギーを感じないわね。んー……本当にただの傷かしら」
「ど、どなた様で!?」

 挙動不審のままにリシアが何とか紡いだ言葉がそれであった。眼鏡をかけた黒いワンピースの淑女は指を振りながら言う。

「そういうのは自分から言うのは礼儀でしょう?情報はタダでは得られないのよ?」
「情報………もしかして、あなたはクライヴ家の情報屋?」

 リシアがそういうと、淑女は、あらやだ、と華奢な手でぷっくりとした口元を覆う。

「ダメねぇ。私、正体隠すの苦手なのよ。ジイジに怒られちゃう」
「私はチェイス・カーソンに、こちらはリシアース・エンデです。お初にお目にかかります、ヴレヴェイルの情報屋さん」

 チェイスは言うと、赤髪を揺らして彼女は言う。

「グレニス・グレン・クライヴよ。閉塔のお知らせをするつもりだったのだけど、何かご用かしら?ハルワタート・ルナーリア学院学校のお嬢さんと、死者を出して軍学校を辞めたはずの男女(おとめ)さん」

 グレニスの目は冷たく、淡々とリシアを見る。えっ、と戸惑ったチェイスの声がリシアを後ろから刺す。

「やはり、この辺りでは噂に?」
「確かに、エノク・ハルワタート・ヴレヴェイルの三都の中では、ここが一番メルカ半島に近いわ。けど、これは私が興味があって独自に調べてたことよ。一般的な話ではないわ」

 そうですか、とリシアはグレニスの言葉に返答する。

「さっきから色々聞きたいことはあるけど、肝心な一つだけを。持ち合わせは……生憎ないから、俺が答えられるだけの情報が対価……ではダメ?」

 最後の最後で弱気になる方がダメだ、とリシアは、自分が自分で悲しくなる。そうねぇ、と赤髪を弄ってグレニスは言う。

「いいわよ。その代わり、かなり貴方に厳しい情報対価をつき出すわよ。出来る?」

 グレニスはリシアの目を見て言う。片目だけではない。見えていない右目も合わせて見ている。
 恐らく、クロガネに剣を突き立てたあの日の話であろう。そしてそれは、ここにいるチェイスも聞くことになる。

 人を殺した、軽蔑の目が向けられることだろう。その覚悟はあるか。
 口は、開いては閉じを繰り返す。寒気を催す汗が流れ落ちる。

 私は、あなたの罪を赦します。安心して行きなさい。

 ふと、アルバの声が聞こえた。
 そうだ。自分は赦されないことをした。罰は逃れられないのだ。その贖罪の為に、今、自分は過去を見定めようとしている。

 軽蔑されるのは当然だ。それを恐れて当然だ。それを持ってして、自分は罪を贖おう。

「はい」

 リシアは言う。
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