短編
□色のない花
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「ぼぼぼ僕は人の心を折っちゃったの!?」
投げるのに使った右腕が床に付いてしまい、またあの花の茎の折れた音がして、幼児は悲鳴にも似た声を出す。
その反応が面白く、青年は自身の膝を何度も叩いて笑い声を上げた。
「大丈夫、大丈夫。それは外力からの力では本質的に壊れないから」
「お、折れちゃってるんだよ!?」
「折れても元に戻るんだよ。けど、その分内側からの力には弱いんだ」
青年は幼児に近づくと、手を差し伸べた。幼児は驚き、伸ばした手も一度動きを止めながらも青年の手を握った。
青年は軽々しく幼児を引っ張りあげると幼児はゆっくりと浮かび上がった。足をバタつかせても、床に付いていないため軌道にそってゆっくりと浮かび動くだけだった。それでも青年の手だけは離さない。
「さて、俺結構力入れてどっかいかないようにと強く握ってるんだけど、痛くないでしょ?」
「あ…」
そういえば、と気付く。花を折った時も、触れた感触よりも先に音が聞こえた。
「ね、夢でしょ?」
青年の黄金の瞳に幼児の姿が移る。見慣れた自分の姿に、幼児は違和感を感じた。
何か違う。でも気づけない。
これは本当に自分なのだろうか?
自分の身体を認識するのは自分だ。同様に、自分は自分だと認識できる。だが、その自分だと認識できる何かを自分は認識出来ないものだ。
そんな深い話だろうか。いや、もっと違う何かが。
「そうだ、君の名前は何だい?」
「先に自分から名乗るのが社会の礼儀って教わったんだけど」
「あーはいはい」
青年は今まで繋いでいた手を離した。
「俺はアズラエル。君はもしかしたら嫌になるくらい何度も会うかもね」