本編
□慈悲なかれ
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「な…なんで…」
まさか、嘘だろう?そうリシアは信じたかった。
今目の前に見える人物が記憶に新しいあの人物だとは思いたくなかったのだ。だがそこにシロガネが別の空間に置いていた槍を取り出し、言った。
「やはりお前か!!」
青年は微笑み、赤い目が輝く。
「アルバ!!」
そこにいるのは間違いなく、広場で聖書の朗読をしていたあの黄金の聖職者、アルバだった。
開いた窓の風によって美しくたなびく金糸にゆったりと着たオルフィス教の服、そしてその美しさとは不釣り合いな赤い目。
充血したように、白目の部分まで赤く染まっているわけではない。だが不気味な程赤い虹彩は、見つめられるだけで恐怖で冷や汗が落ちそうなのだ。
いや、事実をいえばリシアの背には骨の髄を震わせるように冷たいものが流れ落ちている。
それがこの男の目からくるものか、この状況からなのか区別はつかない。
アルバの足下近くに倒れている緑色の髪の少女は間違いなく、この国の王女ユーキハイゼ・ナッシュ・メタトロニオスだ。
「――…アルバさん、何でこんなところに?あなたはスラム街で聖書の朗読をするはずだったんじゃ…けど、あなたは城に居て、そして足下にはユーキがいて…」
リシアは言うも、アルバは人差し指を口元に近付け、言う。
「リシアースさん。勝手に困惑するのは構いませんが、その質問攻めの癖は止めませんか?…とりあえず、頼み事を叶えて下さってありがとうございます。しかし、ここではお会いしたくありませんでしたね」
アルバの視線はシロガネにいく。やはり、捜していたのは彼だったのか。シロガネはその目線を鼻であしらい、槍の先を窓辺に佇む聖職者に向けて、言う。
「あんたらにその姫さんを渡す訳にはいかないんだ。丁度いいし、この際ここで死んでくれよ」
「おやおや…いきなり恐ろしい事を申されますね」
死んでくれ。確かに恐ろしい言葉をうけたのに、アルバは微笑んでいた。
その微笑みは日の光のように温かく、同時に仮面のように冷たく、どんな状況でも変わらないものだと思った。
一体どんな思いであの言葉を受けとめたのか、リシアには想像しがたい。
ふと、アルバはリシアの顔を見た。貼り付いた笑顔のまま、言葉を発した。
「それよりリシアースさん、オルフィス教に追われている彼と、お姫様を攫おうとする私。あなたはどちらの味方につきますか?」
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