本編
□旅は道連れ世は情け
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暖かな陽光が万年の眠りから覚めぬ彼を照らす。黄金に輝く髪を持ち、整った顔立ちの彼は二十代前半かそのあたりだろう。
人の生活の跡が見えない埃まみれのこの部屋で青年は寝息を立てて眠っていた。
ふと、日差しが目に当たったのか、眩しさを覚えて彼はゆっくりと瞼を開けた。それは漆黒の闇のように黒い瞳だ。
青年はしばらく天井を見つめた後、重い身体を起こし背伸びをした。背の高さ故に手が電灯に当たり、埃が雪のように舞う。思わずそれを吸ってしまい、青年はげほげほっと咳き込んだ。
「あぁ…もう……そういえばこの前私が起きたのは一体何年前になるのでしょうか…」
と、欠伸を噛みながら彼は呟いた。金の髪の彼以外、他に誰もいない。ただの独り言だ。
とりあえず、髪を梳いて外にでる。暖かな日差しをくれたのはあのサンサンと輝くヘメラという星だ。自分が生まれるずっと前からその名で呼ばれ続け、今もその名で親しまれているだろうか。
家畜の獣臭や、農業の肥料があちこちから漂うこの村の臭いを嫌う人も多いが青年はむしろ好きであった。土と自然との共存。
それこそが、世界のあり方なのだ。
川のほとりで顔を洗い、改めて背伸びをする。と、今度は足を滑らせ澄んだ水に飛び込んでしまった。
確かに身体も洗いたいな、とは思ったがこんなことは望んでいない。もういい、背伸びはしないことにしよう。
全身びしょ濡れになり、家への帰路を辿る。幸いにも寝間着でよかった。
家へ入るとクローゼットをあけ、タオルで全身を拭く。濡れた服を放り投げ、いつもの…といっても、もう何年着てなかったのか分からないシャツと上着に袖を通す。
袖は手に近づくにつれて振り袖のように長く、半弧を描くように切り取られたようにも見える。
首にかけた円点弧が隠れてしまうが、そこに黒いマフラーを巻き、左の二の腕辺りで一方を縛り付けておく。ズボンを着用し、靴を履く。
何百年も変わらない姿、変わらない服装。だからといって今更何か他のものを、というのも面倒だ。
彼は確認を終えて頷き、もう一度外へ出る。さて、あの木のもとへ向かおうか。
そう思って歩き出すと誰かが自分の名を呼ぶのが聞こえた。
「やぁ!アルバさんじゃないですか!!」
「……おや、マルスさんですか?随分背が高くなりましたね」
そう言うと筋肉が盛り上がった身体を縮こませ、茶の短い髪の彼は照れ笑いをした。前に見たときより顔二つ分小さかった彼は、今では自分より、いやそれより高いかもしれない。
「そりゃ前にアルバさんに会ったのが五年前ですよ。こんだけ大きくもなりまっさぁ。で、アルバさんは今回何で起きたんですか?」
「はい、少々マバルアの調子が良くないようで…」
宙に可憐な花弁が舞う。マルスは思い出すように、晴天の空を見上げて言う。
「あー、そういえば最近花付きが良くないって聞きますね」
「なので様子見をと。そこまでおかしな事にはなってないとは思うのですがね」
「頼みますよ。あの樹はこの村の象徴であり、誇りなんですから。アルバさんと同じくらいに」
春光に照らされながら、夜空のような目の青年は微笑んで言う。
「数年に一度位しか起きない怠け者を村の誇りになんてなりませんよ」
それでは、とマルスと別れた。たくましい腕を大きく振って挨拶をしたのでこちらも手を振った。
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