本編
□擬人に心、暗に鬼
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カルスの指さした先には確かに美しい泉があった。
恒星ヘメラのオレンジの光に照らされ、小さくも可憐に咲く花と生い茂りもそのどっしりとした安心感を与える木々に、水面には白く、だが幻想的に衛星ニクスを映し出す光景は言葉にならないものだった。
その水から神話に出るような精霊でも現れてもおかしくはない、そう思える程現実からかけ離れたようなものであった。
シロガネの水樽を手に持ったまま、反対の手で水に触れてみる。ヒヤリと冷たく、気持ちがいい。
王都エノクでシロガネから言われて井戸から水を汲み上げた時を思い出したが、あの水は確かに透き通る程透明であったが、魔力(ルナート)で出来た人工的な物であるし、何よりなんの臭いか分からないし知りたくもないが異臭がして不快だった。
自然にあるこんなにも美しい水、というのも初めてかもしれない。
リシアはそう感動に浸っていると、突然に水しぶきが顔面を直撃する。何事かと驚いてすぐに顔を上げる。
「ほら見ろ!俺様の予想通りじゃないか!!コイツ『見える』ヤツだって!!」
リシアの前には右の方が長いアシンメトリーな蜂蜜のような色の髪をした年齢がやっと二桁に達したか程度の少年が水に両足をいれてそこにいた。
目は深い蒼で頭の上に銀のティアラを乗せ、高い身分の者かと思ったのだが、服装は少年らしく白い半袖で華美な装飾もなく、一般的ともいえる。
首から雫型の石の付いたネックレスを下げ、水面に触れないようにしているのか、茶のズボンは膝の上まで捲り上げているのにも関わらず、水を吸って水滴が垂れている。
茫然とリシアはその少年を見る。おかしい。さっきまでその少年は目の前になんかいなかった筈だ。
「おいおい、驚いてんじゃねーか…大丈夫?お嬢さん」
と、奥からもう一人、リシアと歳はそんなに離れてはいないような少年がジャブジャブと水の中を歩いて現れる。
こちらもアシンメトリーの髪型だが左の方が長く、毛先だけが赤で根毛に近づくにつれて濃い青という奇抜な色をしている。
目は輝く金色で、首には黒いチョッカーをつけ、金髪の少年のネックレスのようなものをそこに付けている。温かみのある黄色のタンクトップの中には七分丈の黒い服を着、左の手首の辺りに包帯のような白い布を巻いている。
そういえば初対面で女性と分かられるのは久しぶりだ。
「えっと…いつの間に…?」
リシアは先ほどから持っていた疑問を口に出す。突然二人の少年が現れ、幻想的な風景からまるでどこか別の世界にでも入り込んでしまったかのようであった。
「ああ、ついさっきここに水汲みにきてな。そしたら美しいお嬢さんがいましてね」
「は、はあ…」
言われ慣れていないことは無視しよう。確かに対面側には水樽業者の使う大型の水樽が馬車に繋がれていた。馬はのうのうと水面に口をつけ、喉を潤しているようだ。
気付かなかったが、泉の美しさに見とれているうちに来たらしい。
どうやら彼らは、若いが水樽業者の人らしい。