本編

□パンを分け与えよ
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 雲の隙間から黄金色の光が覗き、夕闇を貫くように四方を照らす。
 ヘメラと反対側にあるニクスの輝きが鈍いものに変わるも、二人の女神が館を共有する瞬間である。遥か昔ならば。

 現在、メタトロニオス王国側からするとニクスは常に西の空にある。それは館の前でずっとヘメラを待ち続けているようにも見える。

 しかし、オルフィス教聖地オリエルではニクスが空の大半を占めているというのだから、憎しみと悲しみに溢れた女神が今にも世界を終焉に導くようであるという。

 リシアは仰ぐのを止め、地面に書いた式を見下ろす。
 我ながらにぎっちりと書いたものだ。
 数学はそれほど得意な訳ではないが、式が完了したあの感無量な達成感と極限にまで簡素になった数字の美しさには息をのまざるをえない。

「…また書いてたのかよ」

 起きあがったシロガネが一言。シロガネと交代で見張りをしていたのだが、一度床についてからというものリシアは全く寝れず、結局朝まで起きていた。

「ただの計算問題だけどな」
「ただの計算問題以外に数字を使うことがあるのか?」
「世界の証明とかかな」

 リシアがそういうと、シロガネは片手を上げて降参の意を示した。片手を上げているだけでは挙手に見えるのだが、シロガネは右腕を損傷しているのだから仕方ない。

 そういえば、片腕が使えなくなるほどの怪我というものはどういうものだろうか。神経の切断か、あるいは骨折か。
 どちらにせよ、大怪我には違いなさそうだがシロガネは医者に一度腕を見せたのだろうか。

 そう考えていると、シロガネの横で寝ていたカルスが目を擦りながらゆっくりと起きあがる。それじゃあ飯よろしく、とシロガネは言う。もう少し前から作っておけばよかったかな、とリシアは思った。
 もうすでにまたか、という呆れた心境は薄らいでいた。
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