本編
□水上都市
2ページ/10ページ
「出航できない」
そうシロガネが呟いたのは、ヘメラが南中にさしかかる辺りだ。
透ける魔晶器の天蓋をくぐり抜け、下の水が揺らめくのを眺められる港に船が着いた。
リシアはマルスを手伝い、荷物降ろしをする中、遅れて出てきたシロガネは、オリエル行を見てくる、と言った。
そして帰ってきてこの一言である。リシアは、一瞬その言葉の意味が分からなくなった。
「被害が小さいものから大きいものまで、数日前からほぼ毎日、テロが酷いんだとさ」
涙の信託者が数多く出現して以来、その対応を巡って争いが起きているのはエノクに住んでいたリシアでも知っている。
しかし、比較的涙の信託者に理解のあるメタトロニオス王国ではテロリズムは早々起きない。それが、連日のように行われているとは、どういうことなのだろうか。
きょとんとするリシアに対し、シロガネは続けて言う。
「アマダットの森に行く前、軍の飛竜を見ただろ?」
「あぁ、そういえば。テロかもなって言ってたな」
「あの予測が半分当たって半分外れてたんだ」
つまりは、とリシアは言い、シロガネが言う。
「あれはサダルフォン連邦国からの使者の護衛の為って話だ」
「その人たちを狙ってテロが起きてるって事か。安易なテロだな」
確かに、彼らが死亡する事があればメタトロニオス王国とサダルフォン連邦国の関係は更に悪化するだろう。しかし、それはテロリストたちが望んでいる事とは異なるはずだ。
涙の神託者を拒否する国民を殺そうとするのが、排他的で愚かなことに感じられたのだ。
安易というか、とシロガネは言う。
「テロの理由がいまいち分からねぇんだ。何でも、サダルフォン連邦国の使者は技術団で、魔晶器と魔裂器の融合を求める、要は友好アピールの使者なんだ」
リシアはドーム状の透明な板の先に見える青い空を見て言う。
「魔晶器と魔裂器のねぇ…また夢のある話だな」
「だな。で、その技術者の中には、サダルフォン連邦国では珍しく、認可の降りた涙の信託者もいるって話だ」
「認可の降りた?」
シロガネは、そう、と頷く。リシアは続けて言う。
「サダルフォン連邦国って涙の信託者の規制に厳しくて、一人残らず拘束するって話しか知らねぇんだけど…」
「恐らく、これも友好アピールの一つ。私たちは涙の信託者も受け入れようとしています、みたいなさ」
「ますますテロリストたちにとっていい方向に進んでる話じゃないか」
「そう。だから何でテロが起きてるかが不思議で仕方ないんだ」
シロガネが一つ息を吐く。業者と話していたマルスが戻ってくると、疑問に満ちた表情だったので説明した。