本編
□十の三乗と二千
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「新たなテロ組織?」
「そう。三年前の『白銀の維新』を、自らの手で実現させようとする、ケツの青い新参者さぁ」
目を薄汚れた包帯で覆う老人が、間延びした口調で言う。
エノクのスラム街より酷くはないが、ここでも狭い路地に入れば家も金もない者たちが自分勝手に場所をとって暮らしている。
だが、ハルワタートは『環境の整備』と題してしばしばこの者達の排除に努めることがある。排除された者達の行き先は分からない。
そのような人をヒトと思わない行動は、エノクよりも酷いのではないかとシロガネは思う。
「無差別にテロを起こしているのは、もはやガキの癇癪ってことか…規模を考えろ規模を」
「へっへ、ちげぇねぇな。だが、あいつらもあいつらで何か考えてることはあるらしい」
何だと思う?と、老人は訪ねてきた。シロガネは少し頭を傾げ、言う。
「『白銀の維新』の模倣?」
「そのためには何が必要でぇ?」
「人力と思想と機械とか…?」
「そう。まさしく『力』が必要な訳だ」
老人は見えない目でもシロガネをびしっと指さして言う。
「テロを起こす度、死者よりも行方不明者が多く出るという。そして、あいつらが狙っているサダルフォンの技術団はよぉ…」
「…そういうこっ」
と、シロガネの言葉は後ろからの軽い衝撃で途切れた。肩を叩くようなものだ。左手から槍を出現させ、相手に突きつける。
「やだぁ。アタシよ、ア・タ・シ」
と、黒い手袋をはめた手で女は自分を指す。胸の前は服が開いており、大きな胸を強調している。相手を理解し、シロガネは背筋に何かが走るのを感じた。
「なっなんでお前がここにいるんだよ!!」
「だってぇ…シロガネ君が心配で……他の女と一緒にいるって話だし」
邪魔しちゃいけねぇなぁ、と老人は言うと、指を鳴らす。すると、老人の姿はたちまち見えなくなる。端からそこに存在しないように。
トリックは分かっているのだが、それよりもこの女と取り残されたことが一番不快である。
シロガネは叫ぶように言う。
「あんなの女じゃねぇよ!」
「あぁ〜でも、一緒にいる子がいるってことかぁ…そう……」
女の目が鋭いものになるのをシロガネは見た。
「アタシですら二人っきりで旅したことないのに…ずるいわぁその子……」
身震いがする。
相変わらずこの女は苦手だ。あろうことか、下げないままでいた槍を、ゆっくりとした妖しい手つきで触れてくる。
このまま武器による戦いを挑んでも、槍をうまく扱えないシロガネでは勝ち目がないのは相手も分かっているのだろう。舐められた態度だが、シロガネもそれは自負している。
これならリシアから少しでも槍の扱いを教えてもらうべきだった。
数秒の緊張の後、それを裂くような悲鳴が遠くから聞こえてきた。シロガネはそちらを「視る」。尋常じゃないほどの魔力の群だ。
場所は…目では特定できないが、声の聞こえる限りだとそう遠くない。
槍を空間にしまい、自然と身体がそちらの方に向かう。
さっきの女の声が、相変わらずカッコいいわね、といった気がした。
また背筋が震えた。