本編

□十の三乗と二千
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魔粒子生命体(ルパーティクル)自我魔生体(ルマイド)かぁ…最近、うちの学校にもいるよ。警備の為とかいって」

 チェイスが言う。前方にはゆっくりと、それでいて機械的に歩く自我魔生体(ルマイド)がこちらの方に向かってくるのが見える。先回りしたのだ。
 珍しいな、とリシアは言う。

「国立学校にはやっぱりいないんだ。いいなぁ」
「むしろ俺がいいなぁだよ。こんな珍しいモノがいたら、各学科の人が囲い集まって警備なんかにならないだろうけど」
「あぁ…やっぱ国立学校ってリシアと同様に変な人が多いんだねぇ」
「え?なんで?」

 リシアは首を傾げる。それにチェイスが答える。

「怖くないの?」
「未知の生体に?」
「そう」

 返答に詰まってしまった。ただ興味だけ走ったリシアからすればまだ「怖くない」のだ。
 だが、それが日常になり、いつ自我魔生体(ルマイド)が「化け物」に変わるのか分からない中を過ごさなければならない、と言われたらリシアも不安に駆られるかもしれない。

「化け物」…そう、ユーキに会いに城に潜入した時のような。

 そんな中、リシアたちの前で二体の自我魔生体(ルマイド)が一旦立ち止まる。
 周りを見渡し、どう避けるかを考えているようだ。流石に人間同様、すぐに「横に逸れる」という考えにはたどり着かないらしい。

 リシアたちが動かないのを認識すると、薄いフィルムが何層にも集まってできたような、小さな模造の羽の青年の姿をした自我魔生体(ルマイド)が横に動く。
 しかし、もう一体の、小型ながらも赤く毒々しい羽を持ち、顔の半分が黒く変色した女形の自我魔生体(ルマイド)はその場に立ち止まったままだ。

 顔が、右に左にとカクカク振動し、明らかに様子がおかしい。確かに、これは「怖い」

 チェイスが、向こうへ行こう、と言ってくる。リシアもそれに頷き、自我魔生体(ルマイド)に背を向け早歩きで進み出した。

「…ぁ…い゛ぃ……の…」

 自我魔生体(ルマイド)の声だろうか。呂律が回っていない、枯れた声だ。その刹那、床が大きく上下に揺れた。

「ぜぇがあいのうだぎでぃものおおおおおお!!」

 リシアの脳裏に一瞬、あのトラウマが走馬燈のように過ぎる。吐き気がこみ上げ、座り込む。無様な自分の姿が透明な床に反射して写る。
 それとは別の影が遠くから伸びていく。後ろを振り返る。

 まさしく化け物と言わんばかりの『何か』だ。風船が膨らんだように膨張し、黒い皮膚には無茶苦茶な模様を描いた線が走っている。
 全体的に赤黒く、充血した真っ赤な眼球にも見える。

「リシア!しっかりして!!」

 チェイスはそういってリシアの腕を引っ張り、なんとか立ち上がらせた。逃げるよ、とチェイスは叫ぶように言う。
 チェイスはリシアの手を握り、走り出す。リシアもそれに続く。

 化け物はもはや自我のあるようには見えないため、自我のない人型でない『魔性魔物(ルバイラス)』と言ってもいいだろう。

「警備・魔粒子生命体(ルパーティクル)ナンバー13、不完全(ディーフェクト)化を確認。排除命令、排除命令」

 と、変化のなかったもう一方の自我魔生体(ルマイド)が空を仰ぎながら言う。真っ赤な眼球から薔薇のように棘のある蔦が生える。
 それは頭上から数多に生え、クラゲを逆さまにしたようにも見える。中央の魔力石(セレークレスタ)が赤く輝く。

 頭上の蔦はぐるんぐるんと地面に鞭打ちしながら回転する。青年型の自我魔生体(ルマイド)はそれに当たり、建物に打ち当てられる。
 リシアの左足にも蔦が絡まり、体勢が崩れる。チェイスの手が離れる。リシアは覚悟を決め、左足首に集中する。

 右手がデコボコした、それでいて冷たい無機質な地面に触れる。そのまま左脚に力を入れ、炎属性の術を発動する。
 蔦は燃えることも消えることもなかったが緩まり、足が解放されるとその勢いのまま、バク転で距離をとる。

 もう一度赤い眼球の魔力石(セレークレスタ)を見る。形状は植物のようだったので炎が利くと思ったのだが、そうはいかないらしい。チェイスは立ち止まったまま、リシアを見る。

「…リシア、涙の信託者(オルクル)だったんだね……」

 冷めたような、見放されるような、そんな感覚がリシアの胸に刺さった。
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