本編

□古の叫び
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「オルフィスの見てきた記憶?」

 リシアはアルバの反復をすると、アルバは頷いた。

「だからこんなに…」
「いえ、この文字のほとんどは意味のなさない文字列であることが多いのです」
「意味のない?」

 アルバはまた頷く。

「術を唱えるとき、脳裏に読めないけど分かる文字が浮かんでくることはありませんか?」

 それにリシアは頷き、シロガネもまた首を縦に振った。

「それがこの古代語です。古代語は、文字であるのにたとえ読めなくても直接イメージを渡してくる、不思議な文字なんです」
「…いまいち言ってる意味が理解出来ませんが……」

 文字というのは、本来読んで文字を理解し、そしてイメージを伝えあうものだ。熟練すれば、見ただけで情景を理解することも可能だろう。

 だが、読めない、分からないのに文字を理解できるとはどういう事だろうか。
 まるで絵画のように、情景そのものを指しているのなら確かにイメージが浮かんでもおかしくはないが。

 アルバはくすりと笑うと、言う。

「いいんですよ、分からないことは分からなくって。全てを知ったら、探究の楽しみを失いますよ」
「で、なんて書いてあるんだよ」
「シロガネさんは急かしてきてつまらないですし」

 両袖を持ち上げいかにも冗談、をアルバは言う。シロガネは左手を月の記録(セレーオルフィス)に突き出し、思いっきり下に振る。たちまち文字列は目で追いつくのも困難な速さで上から下へ流れる。アルバは、また言う。

「今の若者は怒りっぽくて、年寄りには辛いですねぇ」
「意味のない文字列とかそういうのとか、無駄な事が多くて年寄りは若者には邪魔でしかねぇなぁ」
「はいはい。シロガネ、易々と売られた喧嘩を買うな。結局、本文の位置に動かすのもお前なんだぞ」

 リシアはそういうと、シロガネは異様に赤い目でこちらを見る。またムスッとした顔でまた左手を突き出し、文字列の流れを止めた。

「すっかり意味のない文字列になってしまいました」

 アルバは宙に浮く文字を見ながら、言った。

「だからなんでそんな意味のない文字列なんか入れる必要があんだよ。あれは馬鹿か」
「必要があって入れるんですよ。私は先程、本来であれば何もしなくても分かると言いましたね」

 アルバの言葉にリシアは頷く。

「しかし、特定の人に読ませたいときに、全員に分かる文字では困るときがあります。この意味のない文字列を入れることで、古代語を万人に理解させる能力を失わせてるわけですよ」
「つまり、暗号化させてるってわけですか」
「そういうことですね」

 リシアの言葉にアルバは答える。記憶の暗号。それは、生命の暗号のように思えた。
 たった数十個の文字で世界の歴史を語れるなら、たった四個で生命の構成を語るのもおかしくはない。

 そのどちらでもある月の記録の意味のない文字列には、必要があって意味がない。本来の文字そのものの意味をなくしている。

「イントロンだ」

 リシアはそう思った。
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